オードリー若林が「大人」になるまで 『完全版 社会人大学人見知り学部卒業見込』

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コンビでは『SICKS』『とんぱちオードリー』、若林は『しくじり先生』『人生のパイセンTV』、春日は『炎の体育会系TV』『オードリー春日の知っとく!ベジライフ』。
オードリー自身も「キャリアハイ」とラジオで語るほど、2015年はオードリーの活動の幅がグッと広がった一年だった。

その2015年の年末に刊行されたのが、オードリー若林の『完全版 社会人大学人見知り学部卒業見込』(角川文庫)。
雑誌「ダ・ヴィンチ」に連載していたエッセイの書籍化であり、連載中の2013年に単行本で刊行されている。今回の文庫化は「完全版」。単行本に未収録の回を追加し、約4年間にわたる連載全てがまとまっている。


単行本に収録されたのは2010年8月〜2013年3月分。「趣味などいらない」「スタバでグランデと頼めない」「先輩にお酌ができない」と自意識過剰でネガティブな面を多く見せていた。長い下積み生活から突然大ブレイクし、付き合わざるを得なくなった「社会」について苦悩し模索していた。

完全版で追加されたのは2013年4月以降の分。追加分の中で、若林は過去の連載を振り返り「三年前の俺!何を言ってるんだ!若造が!」「(お酌を)しろしろ!」「誰もお前のことなんか気にしてないぞ!自意識過剰がやや通院のゾーンに入ってるぞ!」とツッコミを入れている。

あんなに自意識過剰だった若林が、すっかりポジティブな人間に変わってしまった……というわけではない。ネガティブと付き合えるようになったのだ。キーワードは2つ。「没頭」と「分人」である。

ネガティブを潰すのはポジティブではない


お正月休みに箱根に旅行に行った時のこと。何も考えずにぼーっとしたくなった若林は、1人で温泉に入る。しかし、休息のつもりが「この先どうなっていくんだろう?」と思考がどんどん落ち込んでいく。嘘だろ、と驚く。

売れない頃は毎日のようにこの「ネガティブモンスター」に襲われていた若林。まさか温泉で出会うとは思わなかった。しかし、あることに気がつく。

《このモンスターは時間が弛緩して一人でいる時、つまり暇な時に限って現れる。だから、二十代の頃は毎日のように一緒にいた。仕事がなかったから。》

若林はここで止まらない。考えた上、対策を打つ。

《ゆったりとした時間はかえってやつらに付け入る隙を与える。何かに没頭して時間を圧縮して付け入る隙を与えないのだ》
《ぼくは東京に帰ってから没頭ノートというものを作った。ネガティブモンスターに捕まりそうになった時のために、没頭できるものを用意しておくのだ。ドラキュラが現れた時に、十字架をかざすように》
《ネガティブを潰すのはポジティブではない。没頭だ》

この「没頭」のアプローチに成功した若林は、その後に十年ぶりの失恋をした時も「自分を褒めるノート」を作って自信を取り戻す。車を買ってカスタムしたり、海外旅行に行ったり、プロレスを観戦したりと、没頭できるものを増やしていく。

単行本の読者からの「ネガティブな自分が嫌だ」という内容の手紙には、こう答えている。

《(ネガティブになる)そんな時は自分と思考を繋ぐクラッチを外して趣味や家事に没頭してみたり。それを何千回と繰り返すうちに癖になって、なんとなくネガティブといい付き合いができるようになる。ぼくは自分を変えるなんてめんどくさいこと、だいぶ前に投げ出しちゃいました。》

自分は複数いてもいい


テレビの仕事をするようになって間もない頃。豪邸訪問やグルメのVTRについてコメントを求められた時にも苦労があったそうだ。

《ぼくはそれ(VTR)を見ていて「どうでもいい」という感情がハッキリと芽生えたことに怖くなった。自分が隠れキリシタンであることをバレないようにしているような気分だった》

もちろん「どうでもいい」なんてコメントはできない。でも白々しく持ち上げると、売れない頃の自分を裏切ったような気分になってしまう。

そんなとき、平野啓一郎『ドーン』を読み、「ディブ(分人)」という考え方に出会う。

恋人といるときの自分、仕事をしている時の自分、両親といる時の自分など、人には様々な自分がいる。これを1つの個人がキャラを使い分けている、と考えると、自分は裏表があるヒドい人間……と悩むことになる。

「ディブ(分人)」では、場所や相手によって分けられた一つ一つの自分を「分人」と考える。自分の中にいくつもの分人がいるイメージ。分人はTPOによって自然と切り替わるので、裏表があるわけでも、自分に嘘をついているわけでもない。この「分人」という考え方については、『私とは何か 「個人」から「分人」へ』に詳しくまとめられている。


昔の自分も、VTRにコメントをする自分も、裏表のない自分自身。《ぼくも様々な現場でよくあろうではないか》と気持ちが楽になった若林。その後も、岡本太郎記念館で「二律背反」の概念に触れ、こう残している。

《高級料理がとても美味しくて、こんなの食えなくたってどうってことなくて。仕事が楽しくて、めんどくさくて。高い車の乗り心地が良くて、ただの鉄の塊で。とても幸せで、こんな筈じゃなくて。想いは一つじゃなくていいんだ。》

感じ方を変えなくていい。隠蔽でいい。


ここまで挙げたことは、平たく言えば「大人になった」の一言で済んでしまうかもしれない。でも、大半の人がなんとなく割り切ったり、いつのまにか諦めたりして「大人」になったのに対し、若林は一つ一つにつまずき、ロジカルに考え、解釈し、飲み込み、言葉に残している。「大人になること」についてはこうだ。

《「大人になった」と言うと、内面が成長し精神が強化されたような響きがあるが、それはない。(中略)六年前の社会に戸惑っている自分に「感じ方を変えなくていいんだよ。隠蔽でいいんだよ」と言いたい。その隠蔽や捏造の精度の高さを「大人」と言うのではないだろうか。》

1月6日発売の『ダ・ヴィンチ 2016年2月号』では「オードリーの現在地」という特集が組まれ、ロングインタビューなどが掲載されている。


この中に、若林と親交の深い朝井リョウ・加藤千恵・西加奈子・中村航との座談会がある。「自分が女じゃないから、女の気持ちがわからない」という話題になったとき、若林は《でも、人の立場になって考えてみるってことを、最近は頑張ってやってみてる》と、やはりロジカルに乗り越えている。

若林「例えばよ。花なんかもらっても、俺は嬉しくない。花を、別のものに変えるわけよ。プロレスラーの中邑真輔のシューズをもらったら、俺は嬉しい。だったら、中邑真輔のシューズにラッピングしたつもりで、女の人に花を渡せばいい」

ネガティブは治らない。そのネガティブを生かし続けたまま、若林はどんどんロジカルに社会へ溶け込んでいく。先の発言に「今、めっちゃ先を行かれた感じがしてヤだった……」と動揺する朝井リョウに、若林はこう言ってのけるのだ。

若林「差が出てきちゃったねぇ。朝井君、俺はね、CMで笑えるようになったんだよ!(笑)」
(井上マサキ)