「肺高血圧症」という病名になじみは薄い。大学病院の循環器科に勤める専門医によれば、心臓から肺に血液を送る肺動脈の血圧が、持続的に高くなる症状を指すのだという。
 2年前に学会の招きで来日したミシガン大学内科学教授のバレリー・V・マクロフリン氏は、肺高血圧症の世界的権威で、その際にこんな説明をしていた。
 「健康診断などで測る血圧は、いわば“体全体の循環”を示した数値です。一方、肺動脈の血圧は“肺のみの循環”のことで、一般の血圧とは区別される。また、肺動脈圧は一般的な血圧より低く、平均圧が25を超えると肺高血圧症と診断されます。肺高血圧症になると、心臓から肺に血液を送る右心室が拡張し、心臓肥大になるリスクが高まる。つまり、肺高血圧症は肺と心臓の病気なのです。治療が遅れると右心室の機能が低下し、最悪の場合は心不全になります」
 肺高血圧症の初期症状には、息切れや疲労、胸の痛み、失神、どうき、脚のむくみなどがある。中高年者なら誰でも身に覚えがある症状ばかりだが、そのため発見も遅れやすく、見過ごされやすい病気と言われる。

 会社勤めのAさん(58)は、40代後半くらいから階段を上ったり、電車に駆け込み乗車したりすると、ひどい息切れに見舞われるようになった。立ちくらみや目まいも感じたが、どれも「年のせいだろう」と気にしなかった。
 「たかが息切れと甘く見ていましたが、2年ほど前からは、家から最寄りの駅まで歩いただけで呼吸が乱れるようになり、『これはおかしい』と不安になったのです」(Aさん)

 そこでAさんは、かかりつけの内科医で血液検査や心電図検査を受けたが、中性脂肪と悪玉コレストロールの数値が少し高い程度で、取り立てて異常は見つからなかった。
 ちょうどその頃、自分の親の介護で疲れがたまっていたこともあって、医師に「ストレスでしょう」と言われ、自分でも納得してしまった。だが、肝心の息切れは続き、しばらくすると10メートル歩いたくらいでも息が切れるようになった。
 やがて自宅のトイレに行くのもしんどくなり、『やっぱりおかしい』と大学病院で検査を受けた。そして、循環器科で全身を隈なく調べてもらったところ、聞き慣れない肺高血圧症という病名を告げられた。

 Aさんは生まれてこの方、そんな名前の病気を聞いたことがなかった。そのため、驚きと不安に襲われたが、とにかく医者の言うことに従うほかなかった。
 「もう病名がどうのこうのと言っている場合じゃありませんよ。しかし、高血圧の上に『肺』が付く病名なんて…。タバコも吸わないし、乱暴な生き方もしていないのに…」(Aさん)