テニスコーチとして数々のジュニア選手を全国トップレベルに引き上げ、現在は車いすテニスのトップ選手である国枝慎吾、三木拓也両選手を指導する丸山弘道氏。選手として、ジュニア、車いすテニスのコーチとして、様々な面からテニスを見てきた丸山コーチが目指す、指導者としての理想について語ってもらった。

―― コーチ自身のテニスとの出会いを教えてください。

丸山弘道(以下、丸山)私は子どもの頃、毎週日曜日に寝込むくらい虚弱体質でした。何かスポーツをやろうと、水泳や剣道の見学に行きましたが、どちらも裸や素足で寒くて難しかった(笑)。それで、たまたま知人が通っていたテニススクールを調べてみると、テニスのトレーニングに私が好きな野球も含まれていて、「これは楽しそうだなぁ」というところからスタートしました。

―― 学生時代はどのように過ごしていたのですか?

丸山:小学4年でテニスを始めてから、1年もしないうちに県でベスト4ぐらいまで行ったんです。それを機に、将来の夢がプロ野球選手からプロテニス選手に変わりました。大学3年のインカレでベスト4に行ったらプロになろうと思っていたんですが、届かなくて......。それで、テニスはもう学生で終わろうと、日本生命に就職しました。社会人をやっている4年間は一度もラケットを握りませんでしたね。

―― そこからテニスコーチに転職したきかっけは?

丸山:当時の仕事は充実していましたが、色々迷っていたタイミングでTTC(吉田記念テニス研修センター)の理事長から、「ジュニアの育成をやりたい」と声をかけられたことがテニス界に戻るきっかけです。ただ、すぐに結果が表れないジュニアの育成は、自分に向いていないと思っていました。結局1997年からコーチを本格的に始めました。

―― TTCで国枝選手と初めて出会った時の印象は?

丸山:私は一般のジュニアのコーチをしていたので、当初は接点がありませんでした。ある日、コーチの部屋に帰る途中の通路からインドアコートで車いすの少年の姿が見えました。テニスは下手でしたけど、本当に飛び跳ねるように動いていて、直感で「この子はトップレベルに行く」と感じました。それが17歳の(国枝)慎吾で、結局コーチ部屋に戻らず、練習が終わるのを待って、「ちょっと話したいことがあるんだけど」と私から声をかけました。

―― そこから国枝選手の指導がスタートしたのですね。この14年間を振り返って、おふたりにとってのターニングポイントはありましたか?

丸山:慎吾にとっては、2006年にメンタルトレーナーのアン・クインと出会ったことでしょう。マインドコントロールの仕方を覚えたことで、世界ランキング7位から、その年の末には3位に。また、ナンバー1になると誰の背中も見えなくなって、自分を見失う時期もありました。それでも、迷いながら「自分にチャレンジする」という答えを見つけたことが、その後の飛躍につながりましたよね。

―― コーチが指導するうえで大事にしていることは何ですか?

丸山:低年齢の子どもには目標を見つけてあげるという"ティーチング"でいいと思っています。その後、その子がどのように「自立」と「自律」をしていくか。それにはふたつの「シコウ」、つまり「試行」と「思考」が必要で、それを選手が理解して初めて"コーチング"に移行できる。慎吾の場合は、ずっとそういうトレーニングをしてきて、北京パラリンピックで金メダルを取った時に、完全にコーチングに変えようと思いました。それから今もずっと継続しています。

―― 今、大阪体育大学大学院で競技スポーツ心理学を専攻されています。具体的な研究内容は?

丸山:スポーツとは、自分で考え、自分でクリエイトしていくことだと私は思っています。自分で計画、実践、結果を出せる選手がやはり一流だと思いますし、慎吾はその最たるものでしょう。ただ、今の日本にそういう人材を育成するための機関がないので、そのあたりが研究材料です。また、テニスコーチは選手に対して技術の指導やフィジカルのサポートができるけれど、メンタルの部分だけは唯一裏付けがないんです。だから、そこを理解するために、心理学を学んでいます。

―― 大学院の勉強が指導の中で生かされていることはありますか?

丸山:人は"怒り"でカッとなった時、6秒待てば抑えられるそうです。それから口を開けば、行き当たりばったりの言葉にならない。テニスコーチとして、自分の一言が相手にどういう影響を与えるかを学ぶことが、いかに大事かを改めて感じています。

―― 人材育成という観点からも、2015年はジュニアの車いすテニス全国大会をコーチ主催で開かれましたね。

丸山:子どもたちには、同世代とプレーする楽しさに触れてもらいたいと思っています。同時に、親御さんも「学ぶ」機会として参加してもらっています。たとえば、親御さんが子どものテニスバッグを率先して持ってあげるのを、当然のことのように見ている子どもがいる。でもそれは社会に出たら通用しないでしょう。人材育成の場としては、大会期間中は挨拶や片付けの大切さについてもかなりうるさく言います。子どもたちにも親御さんにも、車いすテニスを通じてたくましくなってほしいと願って開催しました。

―― 最後に、丸山コーチが思う理想の2020年東京パラリンピックとは。

丸山:夢は、指導している国枝慎吾と三木拓也が金メダルを争うこと。そして、ふたりが組んでダブルスで優勝して、単複そろえて日本人が頂点に立つことです。慎吾は当初、リオで引退と考えていましたから、『東京パラリンピック』が私と慎吾をもう一度つなげてくれた。「2020年まで一緒にやりたい」と言われていますし、頑張りたいですね。

【プロフィール】
丸山弘道(まるやま・ひろみち)
1969年7月20日生まれ。千葉県出身。
プレーヤーとしては、小学4年から大学卒業までテニスに打ち込み、インターハイやインカレに出場した。コーチとしては、車いすテニスの世界王者である国枝慎吾を2001年より指導し、車いすテニスの普及にも尽力中。2014年には、株式会社オフィス丸山弘道を設立し、代表取締役を務めている。

荒木美晴●取材・文 text by Araki Miharu