JAXA(宇宙航空研究開発機構)が「閉鎖環境適応訓練設備を用いた有人閉鎖環境滞在試験」の被験者を募集している。同試験の募集は昨年12月24日に始まったものの、定員8名のところへ2000件以上もの応募があったため、12月28日でいったん終了していた。しかし受付終了後も多くの問い合わせがあるなど、この試験に対する世間の関心の高さから、体制を強化して募集が年明け1月4日より再開された。応募受付は1月12日(火)正午まで。20歳〜55歳の健康な一般男性を対象としている。

今回の試験は、被験者がJAXA筑波宇宙センター(茨城県つくば市)の閉鎖環境適応訓練設備に2週間滞在し、国際宇宙ステーション(ISS)滞在を模したストレス負荷を受けながら、さまざまな課題を行なうというもの。従来、閉鎖環境滞在時に被験者が感じるストレスは、もっぱら専門家の問診によって評価されてきた。それに加えて、客観的な指標にもとづく評価手法を開発しようというのが、同試験の目的だ。

「閉鎖環境対応訓練設備」ってどんなもの?


今回の試験は宇宙飛行士を選ぶためのものではない。だが、試験に用いられる閉鎖環境対応訓練設備(以下、閉鎖環境施設と略)はほんらい宇宙飛行士の最終選抜試験で使われているものだ。設備は、大型バス1台分ほどの大きさの円筒形の棟2つで形成され、両棟は細い通路でつながっている。ひとつだけある出入口は、試験の際には銀行の金庫にあるような分厚い扉で閉じられ、被験者たちは外部から隔離される。


実際のISSは当然ながら宇宙に浮かぶ密閉空間だ。そこに滞在する宇宙飛行士たちは、飛行士同士でプライバシーはほとんどないうえ、そもそも壁の一枚隔てた外は空気もないから、常に死と隣り合わせで活動せねばならない。閉鎖環境施設は、そんなストレスフルな環境に対し適応力を鍛えるためにつくられた。ちなみにISS長期滞在に向けて、このような閉鎖環境での試験を行なっているのは日本だけで、アメリカやロシアにはないという(古川聡『宇宙飛行士に学ぶ心の鍛え方』マイナビ新書)。

ここに入った宇宙飛行士候補者は、閉鎖試験が終わる1週間後までいっさい外に出られない。また施設内にはあちこちにテレビカメラと集音マイクが取りつけられ、候補者たちは24時間、シャワーやトイレ中を除き管制室から観察されている。そればかりでなく、寝るときには手首に「アクチグラフ」という小型の計測器をつけねばならない。そうやってデータをとることで、きちんと睡眠をとれているかどうかチェックするのだ。

閉鎖試験を経て初めて宇宙飛行士に選ばれたひとりである古川聡(1999年に星出彰彦・山崎直子とともに採用)は、慣れない環境に最初こそ緊張していたものの、一晩寝たらすっきりして、「飾らず、そのままいくしかない」と思い切ることができたとか。実際、データを確認した心理学の先生から「よく眠れたみたいですね」と言われたという(古川、前掲書)。しかし、試験の一夜目から熟睡できてしまうところが、やはり宇宙飛行士に選ばれる人は違うなと私などは思ってしまうのだが……。

課題でつくったロボットが完全否定!


閉鎖環境施設内で出される課題としては、「ホワイトパズル」を使った課題はマンガ『宇宙兄弟』などでとりあげられたこともあり、知っている人も結構多いのではないか。これは、144ピースの何も描かれていない真っ白なジグソーパズルを3時間以内に完成させるというもので、個人の集中力と忍耐力を見る課題だった(パズル自体は市販もされている)。ただし、1998年の選抜試験で出されたものの、完成させた候補者はひとりもいなかったとか。

続く2008年の試験では、同様の狙いで千羽鶴を折るという課題が設けられている。このとき閉鎖環境施設内に入った最終候補者は10人、ひとりあたり100羽の鶴を試験3日目から6日目までの4日間、毎日1時間ずつかけて折らなければならなかった。だが、課題終了までにできあがった折り鶴は計600羽ほど。それでもひとりの候補者の呼びかけで皆が一丸となって試験最終日までに任務を完遂したのだった。


千羽鶴の課題を含めて、このときの閉鎖試験にはNHKテレビの取材カメラが入り、その様子はNHKスペシャル「宇宙飛行士はこうして生まれた〜密着・最終選抜試験〜」およびその書籍化である『ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験』(大鐘良一・小原健右著、光文社新書)にくわしく記録されている。

閉鎖試験における最大・最長の課題は、3日目から6日目まで1日あたり3時間、計12時間をかけ、2チームに分かれて行なわれた「ISSで暮らす宇宙飛行士たちの“心を癒す”ロボットをつくれ」というミッションだ。

その課題に取り組み始めて3日目、中間プレゼンテーションが予定より1日前倒しで急遽行なわれることになった。そこでは製作途中のロボットに対し、管制室の審査委員たちから厳しいダメ出しがあいつぐ。第1チームのつくった犬型サッカーロボットにいたっては、動きが従順ではないから、いっそ犬ではなく猫に変えたらどうかと難癖に近い講評をされる始末。ほぼ全否定を受け、メンバーは文字通り立ち尽くすしかなかった。


もっとも、審査委員が厳しいダメ出しをしたのにはちゃんと理由があった。JAXAの有人技術部にあってこのとき宇宙飛行士候補者選抜を担当した柳川孝二は、近著『宇宙飛行士という仕事』(中公新書)のなかでその真意をあきらかにしている。それによれば、最終試験にまで残った10人はさすがに963人もの応募者から選ばれただけあって耐性レベルが高く、千羽鶴の課題では有意な差異が認められなかった。そこでロボット製作の課題において、《外部から、仕掛かりの作品のでき映えを全否定してストレスレベルを上げたうえで改善指令を出し、残り時間での対応を観察》することにしたというのだ。結果、《混乱状態に陥った状況から、チーム活動のなかでリカバーするプロセスは格好の判断材料となった》と柳川は書く(前掲書)。

意図して出来栄えを全否定したなんて、何といけずな……。しかしその指令に対し、いずれのチームの候補者たちも残されたわずかな時間のなか、見事なチームワークで応えてみせた。とりわけ第1チームでは油井亀美也(受験時、航空自衛隊パイロット)と大西卓哉(同、全日空パイロット)が互いにリーダーシップとフォロワーシップを発揮している。翌09年2月、最終的に合格したのはこの2人であった。

ライバルではなく同志として


1998年に試験を受けた山崎直子は閉鎖試験について、候補者たちとライバルとして競争していたというよりも、むしろ共通の目標を持った同志として一緒に進んでいく感じがあった、と後年振り返っている(『宇宙飛行士になる勉強法』中央公論新社)。

2008年の試験を受けた10人も、共同生活を通じて真の同志と新たな友情を得た。先述したように皆が一丸となって完成させた千羽鶴は、10人のうち最初に宇宙飛行することになった者が宇宙へ持参することに決め、全員で寄せ書きしたメッセージカードを千羽鶴の結び目につけたというほほえましいエピソードも伝えられる。

ただし、選抜する側はあくまでシビアだ。候補者たちは閉鎖試験を終えてから、「同僚評価」として「ほかの候補者のうち誰となら一緒に仕事ができるか」「誰とは仕事はやりたくないか」との質問を受けている。いささか酷な質問だが、前出の柳川孝二によると、10人の相互評価結果は、選考する側の結果と高い相関を示したという(柳川、前掲書)。

ともあれ、2008年に選抜試験を受けた者のうち、油井亀美也が昨年初めて宇宙に飛び、約束どおり千羽鶴を携えてISSに5カ月滞在した。引き続き大西卓哉が今年6月ごろより、さらに2人に続き09年9月にJAXAに追加採用された金井宣茂(元海上自衛隊外科医)が来年にもそれぞれISSに長期滞在する予定である。

さて、現在募集中の閉鎖試験は、宇宙飛行士の選抜試験よりも倍長い2週間と設定されている。おまけにストレス負荷を受けることが大前提となるこの試験で、被験者たちにはどのような課題が待ち受けているのだろうか。
(近藤正高)