2015年、錦織圭はATPツアーで3勝を挙げ、一時は世界ランキング4位まで躍進した。しかし、テニス界で話題をさらったのは、彼だけではない。WTAツアーにおいて、ふたりの若き日本女子選手が初優勝を成し遂げた。1990年代、伊達公子を筆頭に盛り上がった女子テニスの黄金期が再び訪れるのか。当時、伊達らとともに活躍した元プロテニスプレーヤーの神尾米氏に話を聞いた。

 昨年、10月に日比野菜緒選手(21歳/世界ランキング66位)がタシケントオープンでWTAツアー初優勝を果たしたことは、嬉しい驚きでした。日本女子テニス界はこの数年間、現役復帰したクルム伊達公子選手(45歳/182位)に若い奈良くるみ選手(24歳/81位)と土居美咲選手(24歳/54位)が追いつけるか、そしてふたりが追い抜いた後は再び伊達さんが追い上げてくるのか――、その点に集中し過ぎていて、そこより下の動きにはあまりフォーカスしていなかったように思います。

 もちろん、日比野さんがITFトーナメントの2万5千ドルや5万ドル(※)あたりで勝っていたことは知っていましたが、どちらかというと尾崎里紗選手(21歳/160位)、江口実沙選手(23歳/152位)、穂積絵莉選手(21歳/187位)の3選手のほうに期待が集まっていました。そのなかで日比野さんがいきなりツアー優勝したので、正直、驚きましたね。

※ITFトーナメントは、WTAツアーよりも下部の大会群。2万5千や5万などは賞金総額で、数字が大きいほどグレードが高い。

 ただ、彼女の試合を見れば、WTAツアーで勝てたのも納得です。体幹がぶれないのでストロークが安定していて、高いボールにも対応できる。「破壊力」というより「粘り強さ」を持っていて、ツアーでは相手が根負けするんだろうなと感じます。自分の世界をしっかり持っているので、想像するに、環境の変化にも動じない性格なのではないでしょうか。

 日比野さんにとっても、今の日本女子テニスはとても良い状況だと思います。同期の1994年生まれには、尾崎さんや穂積さんといった、早くから期待されていたライバルたちがいます。さらに良い状況なのが、同世代を追い越したら、またすぐに上がいること――。上には「奈良・土居」がいて、それらの選手をランキングで追い越したと思ったら、再び土居さんが抜き返しました。

 抜かれた奈良さんにしてみても、ずっと日本女子ナンバー1をキープしていた状況から3番手になったので、「そこからまた上に行くぞ」という気持ちになれているでしょう。「負けられない!」「のんびりしていられない!」という気持ちは、"持とうとする"というよりも、自然と"表れてくる"ものだからです。もちろん、何も感じない人もいるし、「人は人、私は私」と思う人もいるでしょう。そこは性格ですが、ただ今は、「私もやるぞ!」と思う選手が上に3人揃っているなと思います。

 土居さんはここ数年、トップ選手を追い詰めながらも、勝ち切れない試合が続いていました。昨季も全仏オープンでアナ・イバノビッチ(セルビア/16位)に善戦し、全米オープンでもベリンダ・ベンチッチ(スイス/14位)に接戦で敗れました。ただ、負けはしていたけれど、何度もそこまで行けるのは、成長しているからこそなんですね。上位選手に善戦して負けると、へこんで次につながらないことも多いんです。でも、土居さんはイバノビッチ相手に善戦し、またすぐにベンチッチと接戦を演じました。彼女は悔しい経験をプラスにして、次につなげていけたんだなと思います。

 近年の土居さんはコーチの入れ替わりもあり、「メンタル的に少し不安定だった時期もあったのかな」と思っていました。しかし今は陣営が整ってきて、テニスに対してシンプルに向かっていけています。昨季のグランドスラムを見ていても、すごくしっかり練習しているし、メンタルもドッシリとしている。自分のことを安心して任せられる人たちが、今は周囲にいるのではないでしょうか。

 それに昨季の彼女は積極的に欧米へと出て行き、レベルの高い大会に予選からチャレンジしていました。ツアーの周り方もよく考えられていたし、簡単に言ってしまうと、「真のプロフェッショナルになったんだなあ」と感じています。

 その土居さんも含めて、現在トップ100にいる3人の選手は陣営もしっかりしているし、やるべきことも明確になっている。「こういうテニスをやりたいんだろうな」というのが見えるので、それを根気強く続け、課題をひとつひとつクリアしていけば、もっと上に行けると思います。

 一方、その下にいる100位〜200位の選手たちには、1万ドルや2万5千ドルの大会から抜け出し、WTAツアーを周っていく勇気を持ってほしいです。ツアーに行くと勝てないことも出てきますが、つらくてもツアーの予選を勝ち上がり、本戦でひとつでも勝ってほしい。そこはコーチたちも含めて、もう少し我慢強く挑戦し続けてほしいと思います。100位台の選手のなかにも、挑戦し続ければツアーレベルに定着できる選手はもっといます。私自身もランキングが100位台だったころは、どんどんツアーに予選から挑戦していましたから。

 私自身は今の日本女子テニスを見ていて、自分が戦っていた1990年代の影響を感じることはないですよ(笑)。感じるとしたら、伊達さんが頑張っていること。40歳を過ぎてもあれだけ頑張れるのは、相当な気持ちの強さと、徹底した自己管理ができているから。その必要性を示してくれているなと思いますし、実際に勝ってもいるわけですから、他の選手たちへの刺激は絶対にあります。

 その伊達さんの活躍があるお陰で、「1990年代はすごかったよね」と言っていただけるわけですから、それは嬉しいですね。伊達さんは、その時代のすごさを実際にプレーで今の選手たちに見せられるのだから、本当にすごいと思います。

 私もジュニアの選手たちと接するときは、プレーを自分で見せるしかないんですよね。ジュニアたちの試合会場に行ったときも、私が試合するのかと思われるくらい気合い入れてアップします(笑)。すると、「選手というのはこういうものなんだよ」というのを、言葉で言わなくてもジュニアたちは感じてくれます。

 私がラケットを取り出した瞬間に「練習が始まるな」と思うし、私が靴ひもを結び始めたら「やるんだな」と気合いを入れてくれる――。言葉だけでなく、実際に見せられるというのは指導する上でよかったなと思うし、だからこそ伊達さんがコートに戻ってプレーを見せているのは、すごく大きい影響力があると思います。私が監督を務めたワールドジュニア日本代表の選手たちも、将来可能性のある子たちばかりなので、何年後かに彼女たちが出てきてくれるのではと期待しています。

 来年は、すごく楽しみですよ。日比野さんが出てきたことで、これまでの構図に変化が見られました。新しい選手が出てきたことで、他の選手たちも「私だって!」と刺激を受けるでしょうし、また新しい選手が出てくるかもしれない。2016年に向けて、いろんな可能性が見えてきたと思います。

※世界ランキングは2015年シーズン終了時

内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki