安倍晋三HPより

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 正月気分も抜けない1月6日、北朝鮮が突然、「水爆実験に成功した」との発表を行った。同国にとって4度目の核実験だ。水爆というのはマユツバのようだが、テレビを中心とする日本のメディアは相変わらず北朝鮮の主張を検証もなくタレ流し、危機を煽りに煽っている。それによると、北朝鮮はすでに核兵器の小型化には成功していて、通常の弾道ミサイルどころか潜水艦からも発射可能な技術(SLBM)さえ手に入れているという。

 こうした情報の信憑性もかなり怪しいが、それでも、今回の北朝鮮の行為が核不拡散に取り組む国際社会に対する挑戦であり、許容できない暴挙であることに違いはない。

 しかし、われわれ日本人にとって本当に恐いのは、北朝鮮の"暴走"よりも安倍政権の"暴走"だろう。

 実際、事態発生以降、安倍晋三首相のテンションは上がりっぱなしだ。「断固たる対応を検討する」という談話を発表した上で、国家安全保障会議では、北朝鮮への制裁として「あらゆる手段を考えるように」と関係閣僚に指示した。

 また、実際はアメリカ主導で行われたにもかかわらず、まるで自分がリードして国連安全保障理事会の緊急会合を要請したかのようなパフォーマンス発言も行った。

 おそらく、安倍首相は今後もこの北朝鮮の核実験を最大限に利用していくだろう。4日から始まった国会では、再び新安保法制の齟齬や不備を追及される可能性があったが、あらゆる質問に対し「今、北朝鮮がやったことを見てください。まさに日本を取り巻く安全保障環境が厳しさを増しているではありませんか」と、返すのは目に見えている。それどころか、例えばPKOでの武器使用範囲の拡大など、積み残しになっていた法改正などを、北朝鮮危機を理由に一気に進める可能性が出てきた。

 さらには、夏の参院選でも、この問題を最大限利用して危機を煽るはずだ。衆参同日選挙持ち込み、その後、一気に憲法を改正する。そんなシナリオさえ、現実味を帯びてきた。

 だが、こういった安直な危機の煽動に騙されてはならない。そもそも、忘れてはならないのは、今回の事態で北朝鮮が標的にしているのはアメリカであり、直接的に日本が北朝鮮の標的になっているわけではない、ということだ。それは、朝鮮中央テレビが流した「特別重大報道」の中身を見れば明らかだ。

▽水素爆弾は米国を始めとする敵対勢力からの核の脅威に対する自衛措置だ
▽米国の北朝鮮に対する執拗な敵視は前例がない。敵視政策が根絶されない限り、核開発の中断や放棄は絶対ありえない
▽(米国が)北朝鮮の自主権を侵害しない限り、先に核兵器を使用しない

 要するに、これまでもそうだったが、北朝鮮の核実験はアメリカを振り向かせるためのパフォーマンスなのである。

 そして、アメリカは今回の北朝鮮の挑発に対し、これまでにない強硬姿勢で臨む可能性がある。

 本当に核兵器の小型化やSLBMの技術開発に成功しているとしたら、狙われるのはアメリカだからだ。北朝鮮はすでに米東海岸に届く射程1万5000勸幣紊梁舂Υ崔篤札潺汽ぅ襦ICBM)を持っているといわれ、さらにSLBMがあれば米本土攻撃は俄然、現実味を帯びてくる。これに対抗するため、アメリカが先手を打って武力行使に出る可能性もある。

 もし日本に危機が訪れるとすれば、このアメリカの強硬姿勢に巻き込まれていくかたちで進行していくはずだ。

 というのも、アメリカはこの北朝鮮危機で明らかに、日本と韓国を前面に立たせようと目論んでいるからだ。

 昨年、暮れも押し迫った12月28日に日本と韓国が従軍慰安婦問題でバタバタと和解した背後に、アメリカからの強い圧力があったのは周知の事実だが、これは、アメリカの今後の対北朝鮮、対中国戦略をにらんだものだった。日韓に手を組ませて前面で北朝鮮、中国と対峙させ、東アジアでの自分たちの軍事的負担を軽減させる、それがアメリカの戦略だ。

 もしかすると、アメリカは今回の北朝鮮の核実験の動きを察知し、この日韓合意を急がせていた可能性もある。

 さらにさかのぼれば、新安保法制もアメリカの要請に応えるためのものだった。第2次安倍政権の発足以降、安倍はアメリカ政府の意向に沿うかたちで特定秘密保護法をつくり、国家安全保障会議(日本版NSC)を設置し、最後の仕上げに新安保法制を成立させた。一連の安保法制に関する国会論議で、安倍が繰り返し「同盟国のアメリカにミサイルが発射されているのに黙って見ているだけでいいのか」と言っていたことを思い出してほしい。まさに「見ているだけではない」「日本が積極的に参戦」する事態が起きようとしているのだ。

 しかも、今年はアメリカでは大統領選が控えている。共和党では極右のトランプがダントツのトップを走っているが、トランプはイスラム教徒の入国禁止を叫ぶような差別主義者だ。そんなトランプにとっても北朝鮮の"暴走"は追い風だ。フランスでは、パリ同時テロの影響で移民排斥を訴える極右政党の国民戦線が躍進したように、アメリカではトランプが大統領になる可能性が出てきた。

 もし、トランプが大統領になれば、当然、北朝鮮に対してはオバマ政権時代に比べ、より厳しい姿勢で臨むことになるだろう。日韓に対してもさらに強い軍事負担を強いてくるはずだ。

 なにしろ、昨年8月にラジオ番組に出演した際、直近にあった韓国と北朝鮮との銃撃戦について言及し、「アメリカは軍隊を送って韓国を守る態勢だが、得られるものは何もない。クレイジーだ」「アメリカは韓国を助けるのに、なぜ韓国はアメリカを助けない。韓国は充分に豊かな国だがアメリカが防衛していることに対して補償を支払っていない」などと暴言を吐いている。トランプにすれば、この「韓国」を「日本」と置き換えても同じだろう。

 いずれにせよ、今回の北朝鮮・金正恩の"暴走"は間違いなく日本とアメリカの右派陣営を勢いづかせることになる。とくに安倍政権下の日本では、ここぞとばかりに自衛隊がアメリカに差し出され、改憲の動きに誰も異を唱えることができなくなる。もしかしたら2016年はそんな「終わりの始まり」の年になるかもしれない――。
(野尻民夫)