過去最大約400点展示!東京国立近代美術館で日本抽象美術の父「恩地孝四郎展」開催

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花や鳥など、具体的な対象を描かない「抽象絵画」。その最初の作品を日本で初めて発表し、「日本の抽象美術の父」と言われた画家・恩地孝四郎を知っていた? 多彩な活動でマルチクリエイターとして活躍した、明治生まれの恩地の活動が、一度に鑑賞できる展覧会が開かれる。

2016年1月13日(水)から2月28日(日)まで、北の丸公園に位置する「東京国立近代美術館」では「恩地孝四郎展」を開催。「日本最初の抽象絵画」と呼ばれた作品をはじめ、出品点数約400点を誇る展覧会は、過去最大規模のもの。

「これまで本格的な回顧展は、1976年、1994年と過去に2回開かれましたが、1994年に横浜美術館などで開催された『恩地孝四郎 色と形の詩人』展で初めて、版画だけでなく油絵・写真・ブックデザインなどが紹介されました。その多面的な創作活動が現在の恩地の高い評価につながっています」と、学芸員の松本さん。

恩地孝四郎は10代で、美人画家として有名な竹久夢二に憧れ、後に東京美術学校の仲間とともに、木版画と詩の同人誌『月映』を創刊。当時は本の装幀家としても人気が高く、萩原朔太郎詩集『月に吠える』や室尾犀星の詩集なども手がけている。本の装幀家としても人気が高く、すばらしい仕事を残したそう。

写真は、1915年に発表された作品「《抒情 『あかるい時』》」。この絵から日本の抽象表現が始まったとされるそう。

大正時代には、木版画で高い評価を得ていた彼は、“木版画近代化の立役者”とも呼ばれ、さまざまな媒体を使って表現していたとか。その多彩な活動を示すように、今回は木版画約250点、油彩11点、水彩・素描26点、写真20点、ブックデザイン79点も展示される。

「恩地の飛び抜けたデザイン感覚を知る糸口としては、シンプルな美しさがあるブックデザインの方がわかりやすいかもしれません」(同)


今回は、海外に流出していた重要作品62点が、大英美術館・シカゴ美術館・ボストン美術館・ホノルル美術館の4館から一堂に里帰り展示されるのも見どころ。

実は戦後に彼の作品を真っ先に評価したのは、GHQ(連合国最高司令官 総司令部)関係者など、当時日本にやってきた外国人たちだったそう。彼らが情熱的に収集を行ったため、恩地作品の多くは海外に渡っていったとか。

1994年の展覧会以降、ここ20年の間に国内評価が高まったことで、海外のコレクターが手放した作品を日本のコレクターや画廊が買い戻すようになり、国内でも恩地作品が充実してきたという。


また、海外からの里帰り展示が実現したことで、これまでにない楽しみ方も実現。例えば、戦後に作られた「黒猫」の連作4点が揃って展示されるのは、恩地の没後、今回が初めてなのだとか。1匹は大英博物館、3匹はホノルル美術館が持っているという。「黒猫」をヒントに探してみて。

大正から昭和にかけて、日本の抽象美術の道を切り拓いたマルチクリエイターの先駆け、恩地孝四郎。さまざまなジャンルでトップランナーとして名をはせた彼の仕事は、現代を生きる私たちにとってもきっと刺激になるはず。

トップ画像:《抒情『あかるい時』》1915、木版・紙、東京国立近代美術館
画像上:《自画像(ブルーズ)》1919頃、油彩・キャンバス、東京都現代美術館
画像中:《春の譜》1944、木版・紙、東京国立近代美術館
画像下:《音楽作品による抒情 ドビュッシー「金色の魚」》 1936、 木版・紙、養清堂画廊