「私も逆の立場で戦ったからわかるけど、全日本大学駅伝で負けた時は、チームの選手たちの気持ちもグッと固まって燃えるんです。でも、勝つと選手たちの気持ちをもう一度作り直すのに時間がかかる。3区を走った服部弾馬も、疲労を抜いてからしっかりトレーニングをやるには、少し時間が足りなかったのだと思います」

 東洋大学の酒井俊幸監督がこう語ったように、全日本で3冠を逃した悔しさを箱根の連覇で晴らそうとする青山学院大学と、それを追う東洋大や駒澤大学との間には、走り出す前から差があった。

 それは選手たち自身の集中力の差でもあっただろう。青学大が出場を予定していた選手のうち、誤算だったのは9区の中村祐紀(2年)の調子が上がりきっていなかったことぐらい。それに対して、東洋大は全日本の6区と7区で区間2位と区間1位になっていた2年生の野村峻哉と堀龍彦を使えず、駒大も全日本の5区に起用した1年生の下史典を使えない状態だった。

 青学大にも不安はあった。1区に使う予定の久保田和真(4年)の調子が最後まで上がらず、本人も12月27日の時点では「1区は無理だから、もうひとつ予定されている4区を走るしかないか」と考えたという。だが30日になって体調が上がり使えるめどが立ったのは、まさにチームの勢いの差でもあった。

 そんな久保田をサポートするような走りをしたのが、4年連続で1区を走る中央学院大学の潰滝大記(つえたきひろのり)だった。区間賞は取れなくても早めに他大学を振り落として集団の人数を絞り、なるべく上位で中継しようとする作戦をとった。5km通過は14分13秒で、10kmは28分38秒。15km通過は43分33秒と、昨年より18秒も速い流れを作り出したのだ。

 1区の集団で最も余裕を持っていたのは、「スタートラインに立った時は120%の状態になっていた」と話す久保田だった。

「スローペースになると自分が引っ張らなくてはいけなくなるけど、潰滝がハイペースにしてくれたので、正直ラッキーと思いました。仕掛けたら全員を離せる自信はあったので、どこからスパートしようか考えながら走っていました」とまで言う。

 一方、駒大は大八木弘明監督が「12月に入った時点で起用を決めていたが、スローペースだったら大丈夫だけど、速くなった時は少し不安もあると思っていた」という其田健也(4年)が、11km過ぎで早々と脱落した。久保田は16kmでスパートすると東洋大の上村和生(4年)も簡単に振り切り、2位で粘った明治大学の横手健(4年)には22秒差。ライバル東洋大には53秒の大差をつけて2区に中継した。

 駒大はその時点で1分50秒差の13位。大八木監督は「今年は来年勝負するための育成の年と考えていたので、3年の大塚祥平を5区に使ったし、2年の工藤有生と3年の中谷圭佑を2区と3区に使った。1区がうまく流れてあわよくば青学大か東洋大のどちらかを食えれば、とも考えていたが、1区で決まってからはメンツを保つための3番狙いに徹した」と、作戦を変更するしかなかった。

 東洋大も、酒井監督は「1区がハイペースになったら対応できるのは服部弾馬(3年)と上村しかいないという層の薄さもあったが、あそこまで離されるとは思っていなかった」と、想定外のスタートだったことを認めた。それでも2区の服部勇馬(4年)は区間賞の走りで青学大の一色恭志(3年)との差を31秒縮め、22秒差まで追い詰めて弟の弾馬に中継した。

「5区にはけっこう自信があったから、3区でトップに立てば往路は接戦でゴールできる。青学大の6区は1年生の小野田勇次で未知数な部分もあり、競る状況になれば力みも出てくるから、6区の口町亮(3年)と7区の櫻岡駿(3年)で勝負できるかなと考えていた」と、酒井監督は言う。

 だが、服部弾馬は、走り出してみると体が重くてまったく動かず、最初の5kmを14分30秒でいくのがやっとの状態だった。当の弾馬は「走りのリズムが良ければ1km2分52〜53秒で持っていけるが、いつもとは違う感覚で脚がまったく動かず、頑張っても全然力が入らずドンドン離されてしまった。兄がしっかり区間賞できてくれたから自分も頑張らなければという力みや、20kmという距離に持っている気持ちが心の不安につながったのかもしれない」と、語っている。

「うちが一番青学大に抵抗しなければいけない立場なのに、3区の序盤でレースの主導権が完全に青学大に移ってしまったなと思います。6区の口町も58分台では走れると思ったが、青学大の1年生にあれだけ走られたことで焦ってしまい、59分41秒に終わったのだと思う。彼を平地に下ろせるくらいの戦力がなかったということだし、8区に1年生を置くしかないということ自体、優勝を狙うチームとしては弱いところだとも思う」(酒井監督)

 ライバル校のそんな状況が青学大の独走を許していった。その後の往路は慎重に走った5区の神野大地(4年)が1時間19分17秒で区間2位となったが、3区の秋山雄飛(3年)と4区の田村和希(2年)は2位に大差をつけて区間賞を獲得している。

 青学大は、復路も1年の小野田が区間2位ながら昨年早大の三浦雅裕が出していた区間記録と同タイムの58分31秒で走って2位との差を広げると、不安視されていた9区の中村が区間7位になっただけで、7区の小椋祐介(4年)と8区の下田裕太(2年)、10区の渡邉利典(4年)は余裕を持って走り区間賞を獲得している。

 1977年の日本体育大学以来、39年ぶりに1区から一度も首位を譲らない圧倒的な強さを見せつけて連覇を果たした青学大。その強さだけが目立った箱根駅伝になった。

折山淑美●文 text by Oriyama Toshimi