2015年シーズンのマクラーレン・ホンダを検証する(5)

 期待と失望の繰り返し――。日本のF1ファンにとって、2015年はそんな1年だっただろう。

「上位グリッドに並ぶ」「フェラーリに追いつく」といった目標だけがひとり歩きして、必要以上に期待をあおってしまい、ファンを失望させてしまったことは新井康久F1総責任者も認めている。

 参戦するからには頂点を目指すという意味で、「目標はメルセデスAMGに勝つこと」と口にしたのは、F1総責任者の立場ならある意味、当然のこと。しかしその結果、「ホンダは当初からトップ争いができる」といった評判が世間に広まり、期待の裏返しとして大きな失望と非難を巻き起こすことになった。

「開発者たちが頑張っているんだから、トップに立つ私が前向きでなければ。『いやぁ、ウチは勝てません』なんて言うわけにはいかないでしょう? そんなこと思いながらレースに出るようなチームなんてありませんよ」

 世間からは"大口叩き"と非難を浴びたが、それこそが本田宗一郎から脈々と受け継がれる、ホンダらしいチャレンジ精神を体現したものだった。

 しかし、現実はレースのたびに失望を繰り返すばかり......。

 ホンダがF1界を席巻した1980年代後半から1990年代初頭と違うのは、今のF1では毎戦のように新しいものを投入し、トライ&エラーを繰り返すといったことができない点だろう。1年間に使用できるコンポーネントの数も、開発できる範囲も、厳しく制限されているからだ。

「自分たちのパワーユニット(PU)の性能が足りていないことはわかっています。でも、今はどうすることもできない。今年はこのPUで我慢するしかないんです」

 エンジニアもメカニックも、ホンダの面々は悔しそうな表情でそう言って耐えてきた。

 少なくともPUに限って言えば、今回がダメだったから次のレースでは雪辱を......ということはあり得ない。トークン(※)を使った特例開発を投入する以外、前回ダメだったものがいきなり良くなることはないのが、今のF1なのだ。

※パワーユニットの信頼性に問題があった場合、FIAに認められれば改良が許されるが、性能が向上するような改良・開発は認められていない。ただし、「トークン」と呼ばれるポイント制による特例開発だけが認められている。各メーカーは与えられた「トークン」の範囲内で開発箇所を選ぶことができる。

「PUはFIA(国際自動車連盟)によって封印されていて、トラブルが起きても分解することは許されていないし、ファイヤーアップ(始動)することすらできないんです。顕微鏡で覗いて確認するぐらいしかできない。そのつどPUを開けて詳細にチェックできれば、経験が少ない我々にとっては開発や信頼性向上という点で楽になったはずなんですが......」(新井総責任者)

 シーズンが終わり、第16戦・アメリカGP以降の終盤戦に使用した『スペック4』をファクトリーへ戻して分解・解析し、そのデータと経験が2016年型のPU開発に生かされる。2016年に向けて最大で32トークン、PU全体の48%の開発が許されるなかで、ホンダは最大の課題であったERS(エネルギー回生システム)のディプロイメント不足を克服するための改良をはじめ、RA615Hを大幅に進化させる。

 燃料・オイルの供給元であるエクソン・モービルも、2015年には投入できなかった"隠し球"を使った新型燃料を投入すべく、開発を進めている。フェラーリが使用するシェルは今季、PUの性能向上幅のうち、実に25%を担っていた。ラップタイムにして0.5秒を向上させたというほど、現在のPUにおいて燃料が果たす役割は大きいだけに、その効果も期待できる。

 では、2016年のホンダは勝てるのか――。結論から言えば、余程のことがない限り、それは難しいだろう。

 PUは間違いなく進歩する。マクラーレンの車体も、設計コンセプトを一新した今季は使いこなすのに苦労したが、来季はその経験をもとに大きく進歩させてくるだろう。

 しかし現状で、トップとの差はあまりに大きい。シーズン終盤戦の予選Q1(※)でマクラーレン・ホンダは平均して1.5秒ほどの遅れを取っており、結局は一度もQ3に進むことができなかった。

※予選はQ1〜Q3まであり、Q2に残るのは上位15台、Q3は上位10台。

 ライバルたちも来季に向けてさらに進歩するのだから、その差を取り戻すだけでは十分ではない。今季のフェラーリに並ぶ程度では、来季も下位に沈んでしまうことになる。

 第2集団の争いは、いっそう激しくなるはずだ。メルセデスAMG製PUを積むウイリアムズやフォースインディアは依然として速さを維持してくるだろうし、今季低迷したマノーはメルセデスAMG製PUとウイリアムズ製ギアボックスの獲得で中団グループに飛び込んでくるだろう。

 フェラーリは今季以上にメルセデスAMGとの差を縮め、逆転することを期している。また、フェラーリ製PUを積むザウバーは財政状況が好転しつつあり、着実に入賞圏に飛び込んでくるシーズン序盤だけでなく、シーズン中の開発が継続できれば1年を通して手強い存在になるだろう。新規参入のハースでさえ、その実体はほぼフェラーリの第2チームであり、初年度から中団グループで競争力を発揮すると見られている。

 ロータスを買収してフルワークス復帰初年度となるルノーは、チーム再建中のために多くを期待できないが、2年間苦しんできたPUの面ではかつてメルセデスのV10エンジン開発を担ったイルモアと提携し、体制を強化している。PUの改良が果たされれば、レッドブルもその恩恵にあずかることになるだろう。

 トップから1〜1.5秒差にひしめく中団グループは、今年以上に混戦になる。そんななかで、マクラーレン・ホンダはどこまで戦えるのか?

 もちろん、ホンダのエンジニアたちは勝利を目指して戦っている。しかし、技術者としてライバルたちとの差を正確に把握し、自分たちが来季どこまで詰め寄っていけるのかも、現実的に理解している。

「来年いきなり優勝するとか、表彰台の常連になるということは難しいと思います。でも、今年のようなことはないし、常にポイント圏内で争うところには行けます。そして、表彰台のチャンスが巡ってきたときには、それが掴める位置にいたいですね」

 あるエンジニアは、冷静にそう言った。

 メルセデスAMGは来季も強さを保持すると予想されるので、表彰台の常連になるということは、つまり2番目に速いチームになる必要がある。だが、それが簡単に果たせるほど甘くはないということだ。

 よりいっそう激しさを増すであろう中団グループのなかで、その上位には行く――。それが、技術者として現実を見据えた上でのホンダの「2016年のターゲット」だ。

「今年のこの結果を見れば、技術や努力が足りないことは明らかです。しかし、我々は今年1年でいろんなことを学びましたし、それを生かして来年のパワーユニットにまとめ上げたいと思っています」(新井総責任者)

 栃木県のF1開発拠点『HRD Sakura』では、年末年始も休みなく開発が続けられている。

 2016年のホンダには、我々の「期待」を超える「希望」を、かたちにしてもらいたい。

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki