リオ五輪を目指す日の丸戦士(4)

 U−23日本代表のセンターバック・岩波拓也には、1年以上経った今でもたまに映像を見返すゲームがある。それは、昨年9月に仁川で行なわれたアジア大会準々決勝の韓国戦――。

 大会の規定どおり23歳以下のメンバーに3人のオーバーエイジを加え、地元での優勝を狙う韓国に対し、日本はリオ五輪に向けた強化の一環として、21歳以下のチーム(現U−23日本代表)で臨んだ試合である。

 真っ赤に染まったサポーターの後押しを受け、キックオフ直後から怒涛の攻撃を仕掛けてきた韓国に押し込まれ、日本は90分を通して劣勢を強いられた。

 最終的に88分、空中で競り合おうとしたMF大島僚太のプレーにPKの判定が下り、0−1で屈してしまったが、韓国の屈強で大柄なFWとの競り合いに負けず、DF陣を束ねてこまめに最終ラインを操作し、ときにゴールライン上でクリアし、得意のロングフィードで反撃を試みたのが、岩波だった。

「今振り返ってもすごく良いゲームだったと思うし、個人的にもやらなければならないことがすべてできたゲームでした。あの完全アウェーの雰囲気のなかで、韓国とあれだけ戦えたのは自信になっています」

 だが、同時にこうも思っている。
 あのころの自分より、今の自分は間違いなく、もっと成長している――。

 ヴィッセル神戸U−18の所属だった高校2年の2011年に2種登録され、2012年に公式戦デビュー。2013年のプロ1年目からJリーグで試合経験を積み重ねてきた岩波にとって、2015年シーズンは大きな転機となった。

 ネルシーニョ監督との出会いである。

 ヴェルディ川崎、名古屋グランパス、柏レイソルと、Jリーグでの指導歴の長いこの知将は、トレーニング中から要求が高く、常に厳しい声を投げかけてきた。

「メンタル面はすごく鍛えられたし、勝負に対するこだわりも強くなったと思います。プレーに関しても、これまでの自分は『最後に守れればいい』というスタイルだったんですけど、監督から『前で奪う』ことを強く求められ、それが次第に試合で出せるようになった。成長を感じられる1年だったと思います」

 結果、プロ3年目の今季は昨季の24試合を大きく上回る30試合に出場し、セカンドステージでは全17試合、キックオフからタイムアップの瞬間までずっとピッチに立ち続け、フルタイム出場を果たしている。

 もっとも、ファーストステージ終盤にはベンチから戦況を見守る時期があった。負傷を負っていたわけではない。直前のナビスコカップで犯した失点につながるパスミスを咎(とが)められ、サブに降格させられてしまったのだ。

「かなりショックでした。去年なら『なんでやねん』ってなっていたと思うんですけど、ここでクサっても自分のためにならない。練習中にすごく観察している監督なので、初心に戻ってどんなトレーニングでも全力で取り組むようにしたんです。それこそパス&コントロールといった、基本的な練習でも力を抜かずに......。そうしたら4試合目にスタメンに戻れて、その試合でのパフォーマンスを褒めてもらえた。『スタメンに戻したのは、練習を本当に頑張っていたから』と言われて。自分の力で取り戻せたのも自信になりました」

 今年5月には日本代表候補キャンプにも招集された。森重真人(FC東京)や槙野智章(浦和レッズ)といったハリルジャパンで主力として活躍するセンターバックとともに汗を流し、彼我の差を感じ取った。細かい点で学ぶべきことが多く、自身に足りないものがたくさん見えたが、自信となったのは、それが「決して届かない差ではない」と感じられたことだ。

「どこかのタイミングでA代表に入りたいと思っていて、想像よりも早かったですけど、自分がセンターバックとしてどれくらいの位置にいるか、A代表の選手たちとどれくらいの差があるのか確かめに行きました。そういう意味では、びっくりするほどの差はなかった。その差を少しずつ詰めて、ロシア・ワールドカップまでには追いつきたい、逆転したい。それに、センターバックは前線の選手よりも(A代表に定着する)チャンスが大きいと感じました」

 キャンプで感じた細かい差のなかには、「声出し」や「リーダーシップ」があった。そうした課題について、U−23日本代表チームのなかで、岩波はすでに取り組んでいる。

 取材エリアではことあるごとに「自分が引っ張っていきたい」と明言し、実際にチームメイトと積極的にコミュニケーションを図る姿が目立つ。「声」についても12月上旬のカタール・UAE遠征で大きな改善が見られた。年上の遠藤航(湘南ベルマーレ)や大島僚太(川崎フロンターレ)に対しても、遠慮は一切ない。最終ラインから「最後まで追え!」「もっと寄せろ」と絶えず指示を出し、叱咤激励する声がピッチに響き渡った。

 キャプテンの遠藤が「タクが後ろからすごく声を出して助けてくれた。自分ももっと周りを動かしたり、鼓舞していこうと思っている」と言えば、2列目の中島翔哉も「後ろからすごく声を掛けてくれて、行くところ、待つところがはっきりした」と感謝した。

 カタール・UAE遠征ではU−22イエメン戦、U−22ウズベキスタン戦のいずれも0−0に終わり、得点力に不安を残したが、一方でいずれも完封した点も見逃せない。2試合を通して失点しそうなピンチはほとんどなかった。岩波を中心とした守備陣が、最終予選に出場する両チームに隙を与えなかったのだ。

 岩波はU−16、U−19の両アジア選手権に"レギュラー"として出場し、「天国と地獄」を味わった数少ない選手だ。2010年のU−16アジア選手権ではベスト4に進出してU−17ワールドカップへの出場を決めたが、2012年のU−19アジア選手権では準々決勝でイラクに1−2で敗れ、U−20ワールドカップへの出場を逃している。

「ロンドン五輪ではベスト4に進出しているので、僕らはそれ以上の成績を収めることを目標にしているし、個人的には19歳のときに世界の扉を開けなかったので、17歳のときと比べ、自分がどれだけ世界と戦えるのか試したいという思いがあります」

 アジア予選の厳しさは理解している。だが、16歳で味わったアジア予選突破の達成感や喜びは、今も身体が忘れていない。

 今のU−23日本代表はU−20ワールドカップに出場できなかった選手ばかり。悔しい思いを味わったメンバーでオリンピック出場を掴み取り、喜びを爆発させたい――。そのためにも、岩波はプレーで、声で、リーダーシップでチームを引っ張っていくつもりだ。

飯尾篤史●文 text by Iio Atsushi