リオ五輪への思いを語る、藤田慶和選手

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2015年のスポーツ界最大のトピックのひとつは、なんといってもラグビーW杯でのジャパンの奮闘だった。

そのW杯を戦ったメンバーから唯一、7人制ラグビーの日本代表にも選ばれ、リオデジャネイロ五輪のアジア予選突破に貢献したのが藤田慶和(よしかず・早大)である。空前のブームに沸く日本ラグビー、その近未来を背負う22歳にリオ五輪への思いを聞いた!

■「W杯でのトライは気持ちよかった」

―先日、リオ五輪出場を決めた7人制(セブンズ)の話の前に、まずは日本中が熱狂した2015W杯(15人制)について聞かせてください。日本は過去のW杯で24戦して、わずか1勝(2分け21敗)でしたが、結果を出せる自信はありましたか?

藤田 正直、最初は本当に通用するかなという気持ちがありました。しかも初戦の相手は(世界ランキング3位の)南アフリカですから。ただ、それで硬くなるということはなかったですね。僕にとっては初のW杯ですから、起こることのひとつひとつをむしろ楽しみにしていました。

チームとしてはW杯が近づくにつれ、選手それぞれが主体的に行動するようになり、4年間やってきたことを100%出そうという空気があったような気がします。そうしたら、南アに勝ってしまった。そこからはどんどん自信をつけていくような感じでした。

―歴史的金星となったその南ア戦は(スコッド31名のうち、試合に出場可能な23人の)メンバー入りを逃し、スタンド観戦でした。どんな気持ちで見ていましたか?

藤田 時間がたつほどに行けるんじゃないかという気持ちになって、試合に出ている、出ていないとか関係なしに、もう興奮しながら見ていましたね。終わった瞬間は、なぜかスタンド組の僕と福岡(堅樹[けんき])さんが一番泣いていました(笑)。

―3点差を追うラストプレーで得たペナルティで、エディー・ジョーンズHC(ヘッドコーチ)から「PG(ペナルティゴール)を蹴って同点にしろ」という指示が出ていたにもかかわらず、リーチ・マイケル主将はスクラムを選択。あの判断がドラマを生みました。

藤田 僕もスクラム派でした。だから、最初にエディーさんの指示を受けたスタッフがキックティ(PG時にボールを載せる補助具)を持ってグラウンドに走り出した時は、スタンドから「おーい! ちょっと待って!」って叫びました(笑)。あそこで勝負しないと歴史は変わらないと思いましたし、エディーさんやリーチさんが日頃から強調していた選手の自主性が土壇場での勝利につながったんだと思います。

―1次リーグ最終戦のアメリカ戦では藤田選手も逆転トライを挙げ、勝利に貢献しました。

藤田 あれはFW(フォワード)がいいモールをつくってくれて、たまたま僕がトライしただけです。でも、ボールを押さえた瞬間にすごい歓声が上がって、W杯独特の緊張感のある雰囲気が気持ちよかったのは、今でもはっきり覚えています。それまで出場できなかった悔しさもありましたし、あの試合は絶対にその思いを爆発させようと思っていました。

―南ア戦の勝利後、日本では一気にラグビー熱が高まりました。現地でその様子はわかっていましたか?

藤田 向こうでも日本のTVが見られる環境だったので、ラグビーの情報が毎日流れているのは知っていました。ただ、帰国時に空港に大勢の人が集まってくれたり、一緒にやっていた選手が帰国後、毎日のようにTVに出ているのにはビックリしました。W杯に行く前には、こんなことになるなんて全く予想できなかったですからね。

―大学の先輩でもある五郎丸歩(あゆむ)選手はまさに時の人となりました。

藤田 五郎丸さんのポーズがあんなに話題になったのは不思議です。僕らからすると、あまりに当たり前で「今さら!?」って感はある(笑)。

―普段の五郎丸さんはどんな人?

藤田 芯が強く、自分が決めたことは必ずやり切る九州男児っぽいイメージがあります。ただ、たまに後輩にいたずらを仕掛けてきたり、おちゃめな部分もありますよ。ゴロウさんは遠征の際に音楽を聴くための小型スピーカーを持ってきているんですけど、朝、僕が寝ているとそのスピーカーを耳元に置いて、大音量で音楽をかけて起こしてきたり。

―エディーHCの厳しい練習も話題になりました。

藤田 めっちゃキツかったです(笑)。合宿では1日4部練習も当たり前。スケジュールは毎日びっしりで、本当に分刻み。それに他のコーチとは負荷のかけ方が違う。チーム内ではW杯(期間中)になれば練習も厳しくなくなるって噂があって、日本を発(た)つ時には「これで解放された」と思ったんですが、エディーさんはやっぱり最後までエディーさんでした。

時間は多少短くなりましたが、練習の強度はまったく落ちず…。18歳だった僕をここまで引き上げてくれたことには感謝の言葉しかありません。ただ、退任(イングランド代表HCに就任)されて、ホッとした部分も少しだけあります(笑)。

■「7人制は番狂わせが起こりやすい」

W杯後は帰国からわずか1週間で、セブンズの代表合宿に合流し、香港でのアジア予選に臨んだ。7人制の基本ルールは15人制と同じ。しかし、7人で15人制と同じ広さのフィールドをカバーしなければならず、1試合は前後半各7分と短いが、スピーディーな展開が多い分、持久力とランニングスキルが求められ、選手個々の役割も異なる。

―W杯から帰国後、7人制の予選に向けて、すぐに気持ちを切り替えられましたか?

藤田 気持ち的には全く問題なかったのですが、セブンズは走るので体重も落とさないといけないですし、フィジカル的にフィットするまでに時間はかかりました。体重は94?から89?まで落としたのですけど、練習しながら食事も抑えないといけなかったのはつらかったですね。

―7人制と15人制は全然違う競技とも言われます。

藤田 やっぱりセブンズはスペースがある分、個人のひらめきが光ると思います。それにルールはほぼ一緒ですが、人数が少ない分ゴチャゴチャせず、観戦初心者の方にもわかりやすいと思います。また、7分ハーフなので番狂わせも起こりやすいですよね。

―WTB(ウイング)やFB(フルバック)を務める15人制とは異なり、7人制ではSH(スクラムハーフ)やSO(スタンドオフ)といったポジションに入っていますが、難しさはありますか?

藤田 それはないですね。楕円(だえん)球のボールは一緒ですし、技術的には変わりません。WTBの選手がスクラムに入ったりすることもありますし、そういった違いがむしろ魅力かもしれません。

―リオ行きが決まりましたが、過去の五輪で競技・種目問わず印象に残っている選手はいますか?

藤田 (ウサイン・)ボルト(陸上短距離)ですね。やっぱり世界一速く走るって、シンプルな分、難しいし、カッコいいですよね。リオで会えたら、どうやったら足が速くなるか聞いてみたい。走るだけで世界中の人々を感動させられるなんてスゴくないですか!

それと、テニスの錦織(圭)圭選手は体が大きいわけでもないのに世界のトップと戦っている。同じ日本人として実際にどういう戦術をとっているかとか、機会があればぜひ話してみたいです。

―ただ、リオ五輪に向けては、これからまた競争がありますね。

藤田 メンバー争いもイチからになると思います。これまでは引っ張ってもらう立場でしたが、これからはチームを引っ張れるような選手になりたい。15人制のW杯もセブンズのアジア予選でもいい経験をさせてもらいましたが、個人的には全く満足していないですし、リオではレギュラーとしてチームに貢献したい気持ちが強いです。

―7人制と15人制ではチームの雰囲気もだいぶ違うようですね。

藤田 7人制は人数も少ないのでファミリー的。15人制はやっぱりエディーさんがいたこともあって、ピリピリしたムードはありました(笑)。

―最後に、リオ五輪での目標を聞かせてください。

藤田 正直、今のままでは勝てない。ただ、エディー・ジャパンのようにしっかり準備できれば結果は変わってくる。南アの選手も日本の低いタックルに困っていましたし、日本人の特長を生かし、それを極めていければメダル獲得のチャンスはあるはずです。

(取材・文/栗原正夫 撮影/ヤナガワゴーッ!)

●藤田慶和(FUJITA YOSHIKAZU)

1993年生まれ、京都府出身。2012年に東福岡高から早大へ進むと、同年5月5日のUAE戦で日本代表の最年少出場記録を更新(18歳7ヵ月27日)。今年9月開幕のイングランドW杯でも代表スコッド入りを果たし、アメリカ戦に出場して1トライを記録した。ポジションはWTB(ウイング)、FB(フルバック)。日本代表(15人制)キャップは29。184?、90?