筆跡の完璧な模倣は不可能?(shutterstock.com)

写真拡大

 年賀状を書くこの時期が、もっともに自分の筆跡が気になる季節ではないか。筆跡で思い出されるといえば、フランス・イタリア合作映画『太陽がいっぱい』(1960年/ルネ・クレマン監督)だ。

 金に困り果てた孤独な青年トム・リプリー(アラン・ドロン)は、大富豪の息子・フィリップを殺害、本人になりすまして財産を手に入れようと計画する。フィリップの身分証明書の写真を偽造。筆跡をスライドで壁に拡大して練習したり、声色を真似たり、フィリップになりすまして完全犯罪を目論む。筆跡を上書きするように執拗に練習する青年トム。その冷酷な表情。犯罪者の鬼気迫る渇き切った情念を映し出していた。

筆跡は誰も真似られないか?

 筆跡は、人間の身体的な特徴や行動的な癖がそのまま現れるため、古来から印鑑とともに個人識別に使われてきたが、偽造が絶えない。伝統的な筆跡鑑定は鑑定人のカンと経験がモノを言い、文字の点画の特徴を判断したり、文章全体の傾向、性質、特徴などから筆跡の個性を判断する鑑定法が行なわれている。

 一方、IT技術の革新に伴い、個人情報の保護やセキュリティのニーズが高まるにつれて、筆跡のもつ個人特定の恒常性と希少性に着目したバイオメトリック認証(生体認証)の技術が普及してきた。バイオメトリック認証(生体認証)は、筆跡、指紋、手形、網膜、虹彩、声紋、顔、手の甲の静脈パターンなどの身体的特徴を活用する個人認証の仕組みだ。

 青年トムのような筆跡の偽造は、ある程度の訓練を積めば不可能ではない。インターポール(国際刑事警察機構/ICPO)の手配者資料などを見ると、「容疑者は筆跡偽造の訓練に熟達した人物」などと記されているケースも少なくない。だが、偽造を見破り、精度の高い筆跡識定を行うためには、詳細な筆跡データが必要になるのは言うまでもない。

筆跡の個性だけでなく、イラスト、記号、漢字や各国語のサインも認証する

 バイオメトリック認証(生体認証)のニーズに即応するために開発されたのが、筆跡自動認証システムCyber-SIGN(サイバーサイン)だ。

 Cyber-SIGNは、世界に先駆けてウィッツェル社が構築した筆跡による個人認証システムで、サインの形状から、筆圧、書き順、空中でのペンの動き、ペンのスピードまでを、X座標、Y座標ごとのストロークと筆圧によって総合的に分析する動的署名照合システム。サインだけでなく、イラスト、記号のほか、漢字のサインや各国語のサインも認証できる。

 他人が真似ても、微妙な書き順や空中でのペンの動き、ペンのスピードなどは、完全に摸倣できない。Cyber-SIGNは、形状以外の特徴を複合的に分析するため、偽造を瞬時に見破ってしまう。

 さらに、加齢や障害などによる筆圧などの経年変化も自動学習するので、書き方が多少変化しても、本人を高い確率で認証できるという。

 公文書、遺言書、契約書の偽造、アニメ、漫画、イラストなどの著作権侵害のほか、社内会議、決済システム、リモートログインの認証、電子商取引の受発注、電子マネー、入出門管理、勤怠管理、会員照会など、応用分野はきわめて広い。鑑定人の主観的な判断を越えた、Cyber-SIGNのもつ中立性と客観性。それは、科学捜査を推進する強烈なパワーエンジンのひとつに違いない。


佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。