劇場版アニメ『映画 ハイ スピード!-Free! Starting Days-』を男性はどう観たのか、ライター・編集者の飯田一史さんとSF・文芸評論家の藤田直哉さんが語り合います。

映画館は女性客だらけ



飯田 映画『ハイスピード!』はTVアニメ『FREE!』の劇場版で、アニメでは高校生編を中心に小中時代の回想がときどき描かれていたけど、映画では空白の中1時代の主人公・遙と真琴たちを中心に描いたもの。
 小6で水泳の大会を優勝したけど凜・渚・真琴と組んでいたチームがバラバラになっちゃった遙が、中学の水泳部に入って新たなチームを組むんだけど、足並みバラバラでメンバーそれぞれメンタルに悩みを抱えていてボロボロ。でもみんな乗り越えてチームとしてまとまっていくという話。日本橋でレイトショーで観たら客が女性しかいなかった……。

藤田 ぼくは池袋で21時の回で観たのですが、ほとんど女性。綺麗な人が多かったかな。カップルもいましたね。その中に、男だけなのはぼくと、もう一人で、競馬場にいそうな恰好のおじさまがいらっしゃいましたw

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藤田 観ていてイケメンの男の子たちが、セクシーな感じでいっぱいでてきて、「キャッ」(赤面)って感じになりました。

飯田 小6男子の渚の裸体がエロすぎて犯罪のにおいが……。

藤田 渚は、女性の体つきと声なので、ちょっとジェンダーアイデンティティが揺らぐ感じがしましたね。

飯田 あと真琴のハル大好きっぷりというか、ハルに対する(男からの)ハーレム展開がやべえwww モテすぎてわろた。

友情・努力・メンタル


藤田 いやー、しかし、これ、部活ものなのに、大会の規模とか小さいじゃないですか。要するに、四人のメドレーのチームワークを強固にするために、繊細な心の交流をする話ですよね。

飯田 スポーツものなんだけどみんなフィジカルは問題ないのに精神面で負けちゃう、という話のみで突っ切るのは珍しいかも。少年マンガっぽくないかな。作中にライバルらしいライバルがいない。みんなほぼ内面の問題と戦っている。自分の部屋(個室)にひとりでこもるカットとか、鏡に向かって語るカットが象徴的だけど。

藤田 「お前ら女々しいな!」って思いましたよ(笑) 「こんなに繊細に物事感じなきゃ生きていけないなら、俺はこの世界無理だな」とか「メンタル弱いよ!」とか思いましたよ。映画全体の関心の焦点が、四人の関係性が、どう変化していき、メンタルの葛藤や、表に出さないでいることをどうやって勇気を出して表に出すか、ということに絞っていますよね。これは、結構思い切ったな、と感心はしました。
 イケメンの男の子たちが、半裸で戯れて、関係性をはぐくむというのは女性向けのコンテンツの方程式っぽいんですが、こういう思い切った作劇をできることや、こういう作品を堂々と楽しめる世の中に変わってきたことに、良い意味で変化を感じました。
 ぼくにとっては、ゴダールより難解な映画でしたが……(多分、ここでエロチックな感じとか、胸キュンをするんだろうなってのが、生理的には生じないので、エミュレートしながら観るので、大変でした)

飯田 『弱虫ペダル』と比較すると『FREE!』は男には入りにくい度が高い気がするけど、勝利への執着よりも、内面と小さい人間関係の悩みに終始しているからかな。

藤田 『弱虫ペダル』は、なんだかんだで、熱血度が高かったと思うんですよ。ライバルとか、優勝とか関係あった。『ハイスピード』は、基本的には四人の心の問題と、関係性の発展に絞っている。その違いはあると思います。

われわれは京アニに期待しすぎている問題


飯田 「せりふできもちをぜんぶ説明しちゃう映画」になっていてちょっと残念だったんですが、きもちを言いまくるわりには心情の変化がついていけないところがあってですね。たとえば真琴が先輩から突きつけられる「お前は水泳が好きなのか、ハルが好きなのか」という2択があんまりピンとこない。ふつうに両方あるだろう、と。そこ、悩むとこっすか? 大人からすればどうでもいいことにガチで悩むのが中学生っぽいといえば、それはそのとおりなんですが……。
 中学生男子が集まってるのに女の話をしない時点で女性向けのファンタジーではある。でもまあ、彼らにそういう生っぽい話をしてほしいかといえばそうでもないw

藤田 中学生の頃なんて、エロ本のことしか考えてなかったですよ!(?)
 ただ、ある種の「関係性のユートピア」を描くような作品群のひとつであり、特に、女性が楽しめる作品なので、いいんじゃないでしょうかね。みんな胸を張って、楽しんで、観ればいいんじゃないかと思いますが。ソーシャル疲れの時代に、癒される作品だと思いますよ。

飯田 トラウマ克服話を4人分詰め込んだせいかそれぞれの話が直線的というか説明的、記号的なのはやや気になった。京アニならもっとできるでしょ!と。

藤田 トラウマ克服のタイミングも同期しすぎですしね。関係性の編成のダイナミズムにも乏しかったですね。
『心が叫びたがってるんだ。』の方が、トラウマもの、胸に秘めた思いをオープンにしていいんだよ系(それって、こういうコンテンツを楽しむ欲望を、オープンにしていいんだっていうメッセージも持っているんだと思いますが)としては、良くできていましたね。

飯田 そうですね。映像としては丁寧につくられているけど(空、鳥、水、と来て押井守かよ!とかちょっと思ったw)、『けいおん!』や『たまこマーケット』の映画のときみたいな、「え、アニメ映画でこんなカットワークするんだ、京アニすげえ!」等々、震えるような感じは個人的には今回はなかった。もちろんアニメで描くにはとんでもなく大変そうな水の表現をよくぞここまで、とは思うんだけど、なぜか映像的に感動するところまではいかず……。
 TVシリーズでは今回の映画のような坂や階段を強調するカットはなかったので「途上なんだよ」感は今回非常に出ていたんだけど、かえって単体の映画としてではなく「つなぎ」の物語であるという中途半端さにつながって見えてしまったのが残念でした。ほんと、期待の裏返しで。
 細かいところでは楽しい要素はたくさんあったんだけどね。ハルがサバと白米しか食ってなくて栄養失調になるネタはアニメ2期の弁当回につながってる、とか。

藤田 水の描写は面白かったですね。人間の描写が、以前ほどの「繊細さ」(京アニは、アニメで人間の心の揺れを描く技術革新をした会社のひとつだとは思うんですが)のようには感じませんでしたね。しかし、それは『ハルヒ』とか『けいおん!』とか『たまこ』のときは、女性を中心に描いているので、男性であるぼくらには粗がよくわかっていなかっただけかもしれない。
 異なる性の場合、自身と違うので、ツッコミどころが見えにくいと思うのですよ。そういうことなのかもしれないな、と反省もしました。これまでにアニメのヒロインも、女性から見たら、多分、このぐらい違和感があったんだろうか…… とか思いました。

飯田 (というか山田尚子がしゅごいという話か……)

藤田 山田尚子さんはすごいですよね、1984年生まれですね…… 同世代の才能の台頭は、うれしいと同時に、差を見せつけられる感じがして、恐ろしいですね。
 彼女一人の才能・作家性かどうかはわかりませんが、山田尚子さんの参加されている作品の描写は繊細かつ細かくて、男性ファンだけでなく女性ファンもついていたぐらいですからね。京アニが、というか、彼女がすごかったのかな。

飯田 今回の武本監督が悪いということではなくて、『ハイスピード』だって、中1らしい、子どもっぽいはしゃぎ方が見ていてすごい痛々しくて、そういう気恥ずかしいリアルな幼さを描けるのはさすがだなあと思ったんですが、好みの問題でいえば……と。

女性向け作品のリテラシーが低い男はどう楽しめばいいのか


飯田 藤田くんの正直な感想は「超つまんなかった」そうですが……。

藤田 いや、「時代を感じた」ってちゃんと言ってるじゃないですかw
 ぼくは抑圧よりも、解放の方が重要と考えるので、サブカルチャーが、ある種の欲望を満足・解放させる装置として機能することには肯定的だし、男女の不均等が是正されてきて、よかったな! と。

飯田 今度から僕もその「時代を感じた」というフレーズを困ったときに記号として使うからな!w

藤田 池袋にいると、女性のオタクのパワーをガチで感じるんですよ。それも、別に古いイメージの「オタク」っぽくない。だから、もうそのパワーは、肯定するしかない。
 フェミニズムのような、運動・学問とは別種の方向性からの「解放」が起こっていて、いいことだな、と。
 ただ、生理的なレベルとして、一番楽しめている人たちのようには楽しめない。修行不足を感じます。壺や器の真贋を見極めるように、ぼくももっとたくさん観て修行しないと。

飯田 男同士じゃなくて男女の恋愛だとすれば「まあ、わかる」って表現もあるじゃないですか。真琴と遙が夜中のプールで服着たまま泳ぐところとか、岩井俊二の『打ち上げ花火〜』かとw めっちゃ恋愛ファンタジーしてた。

藤田 そうですね、ぼくは途中から、女性に変換して観たりしていていましたよ。渚ちゃんはかわいいですね。その辺りで、「男女」がぼくの頭の中で混乱させられて、自分の性自認すら揺らいできそうで、その経験は面白かったですよ。
 修行によって、後天的に、イケメン同士の「関係性消費」を理解しうる趣味の回路が生じうる可能性を感じました。

飯田 修行してやおい穴を覚醒させてください。(誰も喜ばない)