出会い系に? ニセ翻訳? 冗談ぽい小説2タイトルが文庫化

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刊行形式自体が冗談ぽい小説2タイトルが文庫化された!

いとうせいこうのニセ翻訳小説


いとうせいこう「編」(←ってほんとに書いてある)の架空翻訳『存在しない小説』(2013→講談社文庫Kindle)。


世界の架空作家数名の翻訳アンソロジーという形で、これだけ自由でおもしろいものが書けてしまうということは、日本の小説出版の現状だと、そうでもしないとなかなか小説の「自由」がきかない、ということだったりして。
 
こういう形式にはいろいろ先駆者があるけど、有名なのは小林信彦の『ちはやふる奥の細道』(新潮文庫)でしょうか。


ニセ翻訳という着想自体は筒井康隆や清水義範の短篇にもあるので、気になったら探してみてください。

架空の事典というフィクション


いっぽう、セルビアの小説家ミロラド・パヴィチが書いた『ハザール事典』(工藤幸雄訳)は、ユダヤ教・キリスト教・イスラームの3つの一神教文化あいだで揺れ、引き裂かれ、やがて消滅した「ハザール」の国と民族にかんする事典!
……の形をとったフィクションです。


文庫になって買いやすくなった。たくさんの項目からモザイク状に作中世界が立ち上がってくるのがすごい!
そして、なぜこういう断片形式にしたのか考えていくと、中央ヨーロッパのけっこうシビアな現実を思い知らされてしまいます。

出会い系実用本でもある


もっとすごいのは、男性版と女性版はべつに上下巻の関係ではなく、ごく小さな1箇所だけが違っていて、あとは一字一句同じなのだ。
むかし翻訳が出たとき「よく出した!」と思いましたが、今回も「よくぞ文庫化した!」と思いました。東京創元社カッコイイ!
Kindle版も出てるけど、こういうのはやっぱり、紙の本ならではって感じもします。


この本では、
「当方男性。何月何日何時どこそこに『ハザール事典 男性版』を持って立ってます。『女性版』をお持ちの女子を待つ!」
という出会い系広告が某所で出たこともあったと聞いております。

──「作者はなんでそんな、校正者や印刷所に手間をかけさせるようなことをしたの?」
まあまあ、とりあえず読んで確かめてみてください。

気になったらこちらも


こういう冗談ぽい形式が気になったかたには、長詩と註釈からなる批評校訂版のふりをしたナボコフの『青白い炎』(富士川義之訳、岩波文庫)、図版多数を収録した虚構博物学文献であるレオ・レオニ『平行植物』(宮本淳訳、工作舎)やハラルト・シュテュンプケ『鼻行類 新しく発見された哺乳類の構造と生活』(日高敏隆+羽田節子訳、平凡社ライブラリー)のような、学術書形式のフィクションも気にいると思いますよ。


(千野帽子)