人気スパイ映画シリーズの最新作『007 スペクター』について、ライター・編集者の飯田一史さんとSF・文芸評論家の藤田直哉さんが語り合います。

過去作を復習してから行くと楽しさ倍増!



飯田 『007 スペクター』は、ダニエル・クレイグがジェームズ・ボンド役を務める第4作目。あらすじ的には、先代M(00セクションのボス)の遺言によって個人で行動していたボンドが、「00セクションを解体しろ」という命令がお上から振ってきた逆境のなか、自分が殺した殺し屋の娘とともに、過去の悪役みんなが関わっていた巨大組織スペクターの謎を追って世界中を飛び回り、黒幕と対決する話ですね。
 おもしろかったけど、オーストリアの雪山やらタンジール、広大な土地の中を突っ切るアフリカの鉄道などなど「世界各地の絵になる景色が観られて眼福」というのが満足度の半分くらいを占めているw

藤田 ああ、なんか旅行は行きたくなりましたねぇ。
 ぼくは、『スペクター』はメチャクチャ面白かった。上品なアクション映画。演出やカメラワークなどのギミックもよかった。ただ、監視社会・情報社会というテーマはちょっと古いかな。ナノマシンを007に打って監視するところは、007の影響を受けた『メタルギアソリッド4』が逆輸入されたみたいな感じがした。

飯田 みんなナノマシン使いすぎ! てかボンドをナノマシンで管理する必要あるかなあ。ボンドにわざわざナノマシン埋め込んでるのと、スペクターが世界中の機密情報を管理するシステム稼働させるぜドヤァ!っての、矛盾してない? あれは「MI6はああいう追跡装置埋めないとだめだけど、スペクターの監視能力はそれを上回ってるぜ」アピール?

藤田 スペクターに関しては、シリーズ初期の黒幕的な存在だったんですよね。それが、権利関係でトラブルを起こし、名前とキャラクターを使えなくなって、その権利関係のごたごたを解消して、そして今回の「スペクター」なわけです。前作までは「クァンタム」だったのは、そのせいです。なので、「スペクター」という名前を聞いただけで、熱心なファンは「ついに!!!!」ってなるんですよ。
 ただスペクター周りは、正直、いきなり今作から出てきたので、クレイグボンドの流れからすると、明らかに唐突w

飯田 スペクターが過去3作をぜんぶつなげて回収するところはよかった。「ボンドくん、君は自分が解決してきたつもりだったかもしれないが実はスペクターが……」ってやつね。

藤田 シリーズ全体を思い出させて、同時に、新しいもの(ナノマシンや監視社会)と対立する、古い組織である007を描く。でも、自分自身(映画)は新しいシリーズである。そういう、デジャヴを意図的に仕込んでいて(オープニングが直球でそれを歌っていたんですが)、その辺りは面白かったですよ。特に、ラストの、全然不必要な、廃墟でのバトルで、これまでの(助けられなかった)ヒロインの写真などがあるところ、よかったですよ。
 もはや実験映画とか前衛映画、芸術映画に半歩足を踏み出していて、そこが、アクション映画と、監視社会テーマと、ごちゃっと混ざっているのが、ちょっとわかりにくさは生んでいましたが。

スペクター像は新しくないが……


飯田 スペクターってフレミングの原作のときから「情報を握って世界を操る」という思想の悪の組織だから、その発想自体は冷戦とか関係なくて今にも通じるなあとは思った。
 ただ、今年公開の『ミッション・インポッシブル』と「時代が変わったから組織改変で諜報機関なんて用済みですよー」(そしてそれをけしかけているやつは……)話がネタかぶりしていて苦笑。まあ、「もうあんたらの時代じゃないよ」って言われるのはスパイ映画の定番ではありますが。

藤田 『ミッション・インポッシブル』も、自分の属している集団から狙われる話でしたね。でも、「いつかどこかで観たことがある……」ってオープニングで歌っていたので、いいんじゃないですかね。エンディングのクレジットも、ブレて二重化していましたし(乱視か、映写機の故障かと思って確認しましたよw)
 悪の組織が、正義の人達の内部に入り込んで、監視・管理装置を牛耳るってのも『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』でやっていたので、新規性はありませんね。ただ、007って、遥か昔からそういうテーマを扱っていた部分があるので、その先駆性をアピールしてきた、と見ることもできます。(昔のスペクターは、なんか、パラノイアの妄想みたいに見えるところもあったのですが)

飯田 でも最近のフランスのテロとかロシアと各国の紛争とか見てると、情報より実力行使のほうがやっぱこわくない? あと思想犯もこわいでしょ? ああいう人たちは情報だけじゃあ制御できないでしょ? しかも「イスラーム国」なんてシンパシーを感じたやつが勝手にテロしたり協力したりしているから、情報握ってるつもりでも予想できない動きをするはずなんだよね。そうすると今回のスペクター戦みたいな「ラスボス倒せばひとまず終了」という悪の組織モデルが若干古くさく見えてしまうなあ……とも思い。現代的かというと、現代にも通用するけれども時代性を体現している、とまでは言えないのかなと。
 ボンドのそこを新しいとか古いで語ってもしょうがないところか。

藤田 フランスが作った監視社会のドキュメンタリーを観ていたのですが、世界の中ではアメリカ・イギリスが、監視・管理技術を諜報で駆使しているみたいですね。フランスは結構反対しているとか。なんか、海底ケーブルを通る通信を全部記録するとか、壮大なことをやっていましたがw そういうイギリスの現在の情勢がテーマに影響しているかもしれません。

飯田 なるほど。

藤田 対テロ戦争で思い出したのですが、「人類っていっつも同じこと繰り返しているな」っていう感じとちょっと重なりましたね。悪党と善人の争いも。情報統制の話も。組織内部に敵が入り込むのも。「ずっと同じことを繰り返している」という徒労感から外に出ようとしているというのを、本作からは感じました。
 何か、一区切り、という感じの作品でしたね。

次作は脳ネタのSF映画になる!?



飯田 ボンドに対するドリルで脳みそガチえぐり拷問があんま効いてなかったのなんでなんすかね。あれも「情報(脳)よりフィジカルだぜ!」を象徴するボンドさんだから?

藤田 脳のテーマも、正直消化不良ですよね。脳をいじれば、人物の相貌が把握できなくなるって言っているのに、その伏線が生きていない感じはしましたよ。
 情報を管理し、記録を管理し、脳まで管理してしまう集団――というのは、非常に面白いんですが、可能性だけ提示されて、今回は深く掘られていませんね。ボンドに偽記憶が埋め込まれていたという、『攻殻機動隊ARISE』みたいな話が今後展開すると言っている人もいるんですが、どうでしょうかw

飯田 007はSF映画じゃないから!(宇宙行ったこともあるけど) 脳に穴開けられたときにナノマシン注入されて記憶操作されたらおもしろいけど、『インセプション』になっちゃうよ。

藤田 後半は、考えさせられる部分は多かったですよ。今回、ヒロインの名前が「マドレーヌ」で、スワン博士じゃないですか。何故か、プルースト『失われた時を求めて』を下敷きにしているんですよ。そこが、面白いところだった。
 写真、記憶、記録……『失われた時を求めて』下敷きに、監視社会を主題にし、シリーズ全体を巻き込んでいく……その「狙い」がなんとなく見えるんだけど、うまく行っているかどうかで言えば怪しかった。ぼくもプルーストを読み込んでいないし、シリーズも観てない作品があるので、まだ見えていないところが多いと思うのですが……

飯田 最後にいちおう「James Bond Will Be Back!」って出てたけど、クレイグ、今回で降りるらしいという話もあるじゃないですか。そうするとそのへんのモヤモヤした部分は回収されずじまいで終わっちゃうのかな。ボンドガールとの関係とかも含め。

藤田 ネタバレになっちゃいますけど、ボンドガールが今度は死ななかった!
 ただ若いマドレーヌよりも、51歳のモニカ・ベルッチの方がセクシーでしたね。熟女好きに目覚めそうでした。

喚起される記憶をテーマにした映画?


飯田 ただとにかくアクションとロケーションはすごかった。クレイグボンド恒例の建物倒壊がより規模がでかくなっていて笑うしかなかった。あれはすごいw
 それだけでも観る価値ある。過去の『007』オマージュもよい。敵が無能兵だらけとか細かいツッコミは野暮だからやめときましょう。悪の黒幕は……ダメということではない。そんな感じですかね。

藤田 『失われた時を求めて』って、マドレーヌを紅茶に浸して食べたときの味で、圧倒的な幸福の記憶が蘇ってくるというのが有名なシーンじゃないですか。今回も、やたらとヒロインのマドレーヌが水に浸かるし、彼女との恋と愛などの「味」が、時間を超えたところ――つまり、追いかけて来る過去や、未来に待っている死の「外」――に、導く、という話だと思います。
 映画それ自体が、そうなることを、夢見ているような、そういう映画だと思います。ぼくはそう観ました。

飯田 007側の「記憶」と、スペクター側の「データ」の戦いってことにしておきますかね。過去作を想起させる要素がちりばめられているのも「モノをきっかけに喚起される記憶の強度」というプルースト的なテーマと関係していそうだし。