今年最も印象に残ったことは何か。年の瀬なのでこの1年を振り返れば、真っ先に頭を過ぎるのは、1月にオーストラリアで行われたアジアカップだ。結果はベスト8。日本は準々決勝でUAEに敗れた。サッカーに運不運はつきものとはいえ、この敗戦が不運に見舞われた結果かと言えばノー。必然性を感じさせる番狂わせをUAEに許してしまった。

 日本の力が落ちていることが明らかになった一戦。少なくとも僕にはそう見えた。直後、代表監督はアギーレからハリルホジッチに変わったが、印象には変化なしだ。それを覆す材料をハリルホジッチは現在まで示す機会がない。

 去年の話になるが、10月にシンガポールで行われたブラジル戦も、忘れられない試合だ。アギーレにとっての4試合目。この試合も過去3戦同様、その時、考え得るベストメンバーを先発に起用したわけではなかった。若手重視。発掘重視。この姿勢を変えようとしなかった。結果は0−4。するとメディアは、ベストメンバーを編成しないとは何事だと、アギーレの選手起用法を一斉に批判した。あるJリーグ中継でも、実況、解説、ゲストの3人が揃って、目の前の試合そっちのけで、アギーレのやり方を批判。「ベストメンバー話」に花を咲かせていた。

 アギーレがそれまで招集していなかった遠藤、長谷部、今野をメンバーに加えたのはその直後(ホンジュラス戦・11月)。その流れで1月のアジアカップに向かっていった。

 メディアや、それに影響されやすい世論に、アギーレや協会の判断がどれほど揺るがされたか定かではないが、もしアジアカップを、ブラジル戦までの流れで戦っていたら、今ごろ、選手の若返りはもっと進んでいたと思う。

 日本のダメなところ、大きな欠点の一つを見せられた気がした。

 南アW杯後、日本サッカー協会が新監督探しに難航した時もメディアは一斉に叩いた。新生日本の船出となる一戦に新監督不在とは何事か、と。放映権を持っていたテレビ局はとりわけ強硬に。解説者までも、その調子だった。

 代表チームがもたらす「結果」は4年に一度のW杯。それこそが本番だ。そこから逆算して練られるべきものが代表チームの強化プラン。W杯明けの親善試合に、新監督が間に合わなくても、体勢には全く影響ない。だが、いつも日本はそこで騒ぎになる。メディアと言えども商売が絡んでいる。それは分かるが、正論から外れていることもまた事実。商売優先でモノを言うか、サッカー愛優先でモノを言うか。前者が後者をすっかり凌駕しているのが日本。できる限り隠そうとする奥ゆかしささえない。

 その昔、ファルカン時代のこと。自国開催のアジア大会(94年・広島)に出場した日本は準々決勝で韓国に敗れ、ベスト8に終わった。ファルカンと言えば、前任者であるオフトが選ばなかった多くの新顔を大胆に起用した監督として知られる。アジア大会で成績を残せず、1年足らずで解任されることになったが、その退任会見で彼は、確信に満ちた顔でこう述べた。

「4年周期で回る代表チームの1年目としての仕事はできたと思う」と。

 その後を受けた加茂監督は「代表チームは常にベストメンバーを選ぶモノや」を口癖にした。メディア受けしたことは言うまでもない。加茂監督はご承知のように、最終予選の最中に更迭。その後を岡田サンが継いだ。で、最後の最後、土壇場になって三浦カズを、突如メンバーから外した。それは日本代表が、計画的な強化を図れなかったことを意味する。

 オシムが病に倒れると再び代表監督の座に就いた岡田サン。だが、代表コーチの時代に監督の座にいた加茂サン同様、「代表チームは常にベストメンバーを選ぶモノや」的な発想で、チーム強化に励んでしまった。その結果ラスト半年で失速。お先真っ暗の状態になった。本番では突如、布陣、メンバーを一新したことが奏功。ベスト16入りを果たしたが、強化を計画的に行えたかと言えばノー。それこそが日本が最も反省すべき点だった。岡田サンだけでなく、ありったけの商業主義を惜しげもなく押し出しながら報道する日本のメディアも例外ではない。だが、メディアは懲りなかった。前で述べたようにその直後(南アW杯直後)協会が監督探しに手間取ると、けしからんと大いに騒いだ。

 そしていまなおその癖は、全く抜け切れていない。この1年間でも、しっかり目に付いている。これは日本のメディアに限ったメンタリティなのか、日本人特有のメンタリティなのか。階段を4年間掛けて昇りきる計画的な強化。W杯で好成績を残すためには、これはもうマスト。絶対にクリアしなければならないポイントだ。

 それは言い換えれば、W杯の世界観だ。代表監督を外国人に求めざるを得ない理由は、日本人の監督にそれが不足しているから。4年間で3度、チームをJ1優勝に導き、先のクラブW杯でも3位に入った広島の森保一監督はどうなのか。ガンバ大阪の長谷川健太監督はどうなのか。いつかは日本代表監督をやらせてみたいという声が高まっている1番手、2番手が、岡田サン、加茂サンにはない世界観の持ち主なら、その考えに耳を傾けることはできるが、そうでない場合は資格なしだ。それは来年、会長選挙が行われるサッカー協会についても同様。悪癖からいち早く脱出しないと、必要以上に悪い結果を招いてしまう。年の瀬のいま、改めて僕はそう思うのだ。