【好評連載・フィフィ姐さんの言いたい放題】2015年12月18日、全世界同時公開された「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」。2005年に公開された「スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐」以来、10年ぶりとなるスター・ウォーズシリーズの劇場公開とあって注目が集まった。だが、その人気ゆえか、一部の映画館では通常1800円の一般入場料金を2000円に値上げした。運営元の大手映画会社は「過去の事例を参考に作品的な価値を踏まえて一般料金を特別価格に設定させていただく事になりました」と、値上げの理由について説明をしているが、これに対してフィフィは異議を唱える。

映画は本来、大衆文化であるはずなのに

スター・ウォーズの最新作が、一部の映画館で値上げされましたよね。超大作だから少しくらい値上げをしても観るだろうという考えでしょうけど、正直、違和感を覚えてしまいます。そもそも日本は映画を鑑賞する料金が高すぎる。そこに輪をかけて今回のような値上げがあると、一体いくらまで値上がりしてしまうのか先が思いやられますよね。

映画というのは、誰にでも夢や憧れを与えることのできる大衆文化であるはずなのに、このままだと10000円とか高値で富裕層向けに先行放映したりと、大衆文化からは程遠い存在になりかねないです。

映画は商業的な部分と芸術的な部分、その両方を持ち合わせていると思います。そして本来、誰もが気軽に観る大衆娯楽であってほしいもの。それなのに、映画館でかかるコストが、たとえば遊園地に行くほど高額になってしまえば、映画に触れる機会は減ってしまうし、さらには映画そのものが衰退することにも繋がってしまいますよ。

テレビドラマと映画の出演者は分けるべき

日本映画の勢いが衰えた背景のひとつには、テレビドラマと映画の境界がなくなったということが挙げられると思います。

例えばアメリカや韓国など、海外では今も映画俳優とテレビドラマ俳優はしっかり活動の場が分かれています。昔は“銀幕スター”なんていう言葉があったように、映画にしか出ない俳優さんも多かったけれど、今ではテレビドラマの俳優さんたちが映画にも普通に登場するでしょ。それによって、お金を払って銀幕スターを観に行くという映画が持っていた価値が損なわれてしまった側面は否めないですよね。

私はやはり、映画とテレビドラマは別物として、それぞれの特性をうまく生かすことのできる俳優さんが分担するほうが良いと思います。

商業主義に偏っている、現在の日本映画

先日、私が「かつてのような見応えのあるヨーロッパ映画がなくなりましたね」と言ったところ、おすぎさんは「単純に集客ができないからというだけで、日本に入ってこないのよ」とおっしゃっていました。

つまり、日本に配給されるのは、例えばグッズ売りありきの商業主義に重心を置いた作品が多いということなんです。アーティスティックなものや社会的な問題を扱う、いわゆる商業に直結しないものは、お金にならないという理由から配給される数が少ないんですね。

露骨なお金稼ぎに走って、作品に対する妥協が生まれているんです。とりあえず大コケを避けるために、原作のある漫画やドラマ、それもある程度みんなが認知しているヒット作を映画にしていることが多いですよね。

DVD が売れるからといって、安易にアイドルを主人公にしてみたりね。そこに熱量は感じられません。実際、いま映画館で上映されている作品を眺めてみても、原作が漫画なものばかりじゃないですか。しかも最近では、いかにもスイーツ(笑)が好むような“壁ドン、床ドン、顎クイ、肩ズン”みたいなものばかり。さすがに、なんなのよコレって思うわけです。

演じる側も、作る側も、配給する側も、映画に携わる人びとの多くは、たくさんの人に作品を観てもらいたい、感動を与えたいと思ってこの世界に飛び込んできたはずです。色々と事情はあるでしょうが、是非ともその初心をもう一度思い出して映画に向き合ってほしいです。

幼い頃に観た『ニューシネマパラダイス』。あそこに描かれていたような、映画がみんなの娯楽であった時代が再び到来することを願わずにはいられません。

《構成・文/岸沙織》