豊田商事事件、忠臣蔵…ビートたけしはなぜ実在人物を演じるのか

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今夜(12月26日)9時からTBSテレビ60周年特別企画として『たけし&安住が贈る!「伝説の芸能60年史」』が放送される。司会はタイトルにあるとおりビートたけしと安住紳一郎TBSアナウンサー。

きょうはちょうどその前の時間帯(夜7時半〜9時)にも、NHKのBSプレミアムでたけし司会による『ザ・プレミアム「たけしのこれがホントのニッポン芸能史」4』(テーマは紅白歌合戦)が放送される。いずれの番組も、たけしファンや芸能史に興味のある向きには見逃せまい。

TBSの「伝説の芸能60年史」では、たけしが1986年12月に、弟子のたけし軍団の面々を引き連れて講談社の写真週刊誌「フライデー」編集部を襲撃した事件についても振り返る。事件直前、たけしと軍団のメンバーにはどんなやりとりがあり、講談社側はどう対応したのか? 事件を振り返ったたけしの「いま、自分が芸能界にいるのはおかしい」という発言も気になるところだ。

たけし、悪徳商法の会長宅に乱入する


たけしが事件を起こしたのは、写真週刊誌を含むマスコミの過熱報道が問題化していた時期である。その前年、1985年8月に起こった日航ジャンボ機墜落事故の生存者に対し常軌を逸した取材が行なわれたことは、以前エキレビ!でも触れた。これと前後して、「週刊文春」での報道をきっかけに米ロサンゼルスでの殺人事件が「ロス疑惑」として注目され、容疑者と見なされた三浦和義社長は連日大勢の取材陣に追われた。

こうした状況を劇映画として描いたのが、1986年2月に公開された「コミック雑誌なんかいらない!」である。監督はのち2008年に「おくりびと」で米アカデミー賞の外国語映画賞を受賞する滝田洋二郎。成人映画でデビューした滝田にとって、これが一般映画における監督第1作だった。主人公のテレビの突撃レポーター・キナメリにはミュージシャンの内田裕也が扮し、脚本も手がけている(高木功との共作)。


劇中では、1985年に起こった事件や社会現象が数多くとりあげられている。たとえばキナメリは、三浦和義の経営する店へアポなしで単独インタビューに乗り込み、三浦(映画に出てくるのも本人)から非難されたあげくコーヒーをかけられ追い出されてしまう。ほかにも松田聖子と神田正輝の結婚式、おニャン子クラブ、神戸での暴力団の抗争、前出の日航ジャンボ機墜落事故などが登場する。

しかし、本作の山場は何といっても、豊田商事事件をとりあげたくだりだ。これは豊田商事という会社が、一人暮らしの老人などを相手に純金の購入をすすめ、代金と引き換えに証書を渡すだけという現物まがい商法により1000億円を超えるカネをだまし取ったという事件である。

やがて豊田商事は詐欺で告発され捜査が始まるのだが、そのさなかの1985年6月、同社会長の永野一男が、「天誅」を唱える男2人組に刺殺されてしまう。男たちは、報道陣の集まる永野の自宅に堂々と侵入し犯行におよんだ。このとき犯人を制止しなかった報道陣に対しても批判が集まった。

「コミック雑誌なんかいらない!」の劇中でも、あきらかに豊田商事をモデルとした会社が、例の手口そのままに老人たちをだます。会長が報道陣の集まるなか殺される場面も、キナメリが犯人を止めるべく部屋に入っていく以外は、犯人が殺害後に悪びれずに取材陣にコメントするところまで忠実に再現されている。このとき刺殺犯のひとりを演じたのが誰あろうビートたけしだった。会長宅の玄関のドアを脚立で叩きつけるところからして鬼気迫るものがあった。

この映画への出演が、公開から10カ月後に起こったフライデー事件の伏線となったなどと言うつもりはない。だが、映画で描かれたような、ときに倫理観を見失い個人のプライバシーにも土足で踏み込んでいくマスコミの報道姿勢は、あきらかにたけしが事件を起こす背景となっている。

ついでにいえば、たけし=北野武監督の近作「龍三と七人の子分たち」は、詐欺で人々をだます若者を元ヤクザの老人たちが成敗しようと奔走するという映画だった。この構図は、永野会長刺殺事件とよく似てはいないだろうか。

たけし内蔵助、吉良邸に討ち入る


フライデー事件は、集団による乱入だったことに加え、時期が年の瀬とあって、赤穂浪士の討ち入りになぞらえられたりもした。

事件から4年後の1990年12月、TBSテレビで放送された時代劇「忠臣蔵 寛永版」では、主人公の大石内蔵助(大石良雄)にたけしが起用された。

大石は言うまでもなく、赤穂藩(現在の兵庫県赤穂市)浅野家の家老である。元禄14(1701)年3月14日、同藩主の浅野内匠頭は江戸城・松の廊下で高家筆頭の吉良上野介に斬りかかってケガを負わせ、その日のうちに切腹させられる。幕府の命により浅野家は断絶、赤穂藩は城ともども没収され、藩士たちは浪人となった。一方、吉良方には何のとがめもなく、赤穂浪士からは不満が噴出する。

大石は浅野家の再興のため奔走するも、結局それはかなわなかった。最終的に大石率いる46人の浪士が元禄15年12月14日、江戸・本所の吉良邸に討ち入り、吉良を殺害する。

赤穂浪士の物語は江戸時代より浄瑠璃、歌舞伎、さらには映画やテレビドラマでも繰り返しとりあげられてきたわけだが、そこでは大石内蔵助が決断力にとんだ指導者として描かれることがほとんどだった。大石が一時、京で遊興にふけっていたことも、幕府に討ち入りの意志を隠すための行動と解釈された。

しかし、たけし演じる大石ははっきり言って優柔不断で、パッとしない。政治的野心は皆無で、絵さえ描ければ満足だった。主君が切腹した直後の重臣らによる密議の席でも、泣きながら「殿を追って自分も死んでしまいたい」とうかつな発言をしてしまう。その後、浅野家再興の嘆願のため訪れた江戸で、着いて早々、犬の糞を踏むなんて場面も出てくる(ちょうど生類憐みの令により江戸市中には野犬があふれていたころだ)。

史料をひもとけば、大石はけっして説得力のある人間ではなく、ほとんど自分の判断を示さなかったという(渡辺保『忠臣蔵 もう一つの歴史感覚』)。たけし扮する大石は案外、実像に近かったといえそうだ。

たけしを大石役に「忠臣蔵」をやろうというアイデアは、脚本家の池端俊策から出されたものだ。それ以前より、池端はたけし主演で「昭和四十六年、大久保清の犯罪」「イエスの方舟」と、現代の社会的事件を題材とするドラマをTBSの八木康夫プロデューサーと手がけてきた。八木から新たにたけし主演のドラマ執筆の打診を受けた池端は、ちょうど時代劇に興味が出てきたころで、元禄時代の事件が題材でもいいのではないかと思って提案したという。

池端は脚本を150枚ほど書いたところで、大石がなぜ最終的に吉良を殺そうと決めたのかがどうしても書けず、結局完成させるのに2年かかったと、のちに八木との対談で語っている(『池端俊策 ベスト・シナリオ セレクションII』)。

できあがったドラマのなかでは、大石が吉良殺害にいたる一つのきっかけとして、幕府老中・柳沢吉保に仕える細井広沢(演じるのは西田敏行)ら儒学者たちの思惑が描かれていた。また、従来、大石の愛妾として描かれてきたお軽(本作では「かる」の名で登場、中山美穂が演じた)をスパイに仕立て、彼女がハニートラップを仕掛けることで、大石が武士としてのプライドを初めて見せるという設定も斬新だった。

プロデューサーの八木は、できあがった脚本を読んで、「最初は頼りなかった大石がどんどん変わっていき、最後は彼一人が決意して、死ぬ覚悟で討ち入りをしたということにすごく感動した」という(前掲書)。静と動を演じ分けるたけしの演技には定評があるが、この大石役はまさにうってつけであったといえる。

ビートたけしと緒形拳の因縁


このドラマは「忠臣蔵」であるにもかかわらず、仇役の吉良上野介の存在感は薄く、むしろ大石と、同じく浅野家の家老だった大野九郎兵衛との対立に焦点を絞っている。

緒形拳扮する大野は、大石とは対照的な策士として描かれ、自分たち浪士の新天地を探すべく一人奔走する。討ち入りにはあくまで反対し、吉良邸に向かう大石を止めようとしたもののかなわなかった。物語は、その後行く場所もないまま老いさらばえた大野が、過去を振り返る形で進行する。

余談ながら、たけしと緒形拳にはちょっとした因縁がある。たけしは1983年公開の映画「戦場のメリークリスマス」にハラ軍曹の役で出演、これにより俳優として注目され、また映画づくりに興味を抱くきっかけになったことはよく知られる。じつはこのハラ役は撮影前年まで緒形拳でやることになっていたと、のちに監督の大島渚が明かしている(『大島渚著作集』第3巻『『戦場のメリークリスマス』30年目の真実』)。しかし、緒形はちょうど同時期にNHKの大河ドラマ「峠の群像」への主演が決まったこともあり、結局この案は流れ、代わってたけしが抜擢された。ちなみに「峠の群像」での緒形の役が大石内蔵助だったというのがまた因縁めいている。

さらにいうなら、「戦メリ」はカンヌ映画祭でグランプリの下馬評も高かったが、結局受賞することはなかった。このときグランプリに選ばれたのは、緒形主演・今村昌平監督の「楢山節考」だった。この映画の脚本には池端俊策も参加している。

池端が初めてたけし出演のドラマを手がけたのは、やはり1983年のことだ。勝目梓の小説『骨と肉』を原作とした単発ドラマ「みだらな女神たち」(脚本執筆時のタイトルは「あばずれた女神たち」)に続き、前出の八木と組んだ「昭和四十六年、大久保清の犯罪」でたけしを起用した。以後、TBSでは八木プロデューサー・池端脚本・たけし主演により、「忠臣蔵」も含め現実の事件に取材したスペシャルドラマが断続的に放送されるようになる。

今回あげた作品以外にも、たけしはドラマや映画でたびたび実在の人物を演じてきた。今月28日に放送されるドラマ「赤めだか」(TBS)では落語家の立川談志を演じる。これにあわせて、また稿を改めて、たけしのこの手の一連の出演作をちょっと振り返ってみたい。(28日掲載予定の「2」に続く)

※ビートたけし出演のドラマ「忠臣蔵」はビデオ(VHS)がリリースされているほか、横浜の放送ライブラリーに収蔵され視聴が可能。脚本は『池端俊策 ベスト・シナリオ セレクションII』に収録されている。
(近藤正高)