■休養明けの浅田は表現が豊かに。全日本選手権で完全復活を!

―― オリンピックシーズン後の2014年−2015年シーズンは、宮原知子選手、本郷理華選手など、ソチ五輪に出場していない日本人選手の台頭が目立ちました。今シーズンは、浅田真央選手が復帰したことで、さらに盛り上がりを見せています。

鈴木:ソチ五輪後に、ルールと採点基準が変更されたことによって、世界中が一気に活性化したような気がします。高難度の技がポンポン飛び出し、各選手の戦い方も変わってきています。

―― ともにソチ五輪を戦った浅田選手について、シーズン前、鈴木さんはどのように見ていましたか。

鈴木:浅田選手は休養していた期間もアイスショーに出演していました。彼女の場合、並外れたキャリアと高い技術があるので、それほど問題はないと思っていました。実際に、グランプリ(GP)シリーズ中国杯で優勝を飾りましたね。「さすが」としか言いようがありません。

―― しかし、GPシリーズNHK杯で3位、続くGPファイナルではまさかの最下位(6位)に終わりました。

鈴木:休養中に体のメンテナンスができて、ジャンプは以前よりもいい形で跳べていると思います。NHK杯も、滑り自体は悪くありませんでした。パーツ、パーツはいいのですが、全体を組み合わせたとき、曲をかけたときにうまくピースがはまらなかったように思います。復帰したばかりですから、調子の波があることは仕方がありません。ただ、これは今までの浅田選手にはあまりなかったことで、本人は調整の難しさを感じているかもしれません。

―― 12月24日から札幌で全日本選手権が行なわれます。ここで再び浅田選手らしい演技が見られるでしょうか。

鈴木:とにかく、自分が納得できる演技をしてほしいと思います。浅田選手は休養したことで、自分を客観視できるようになったのではないでしょうか。一度氷から離れたことで、新しい気持ちで競技と向き合えたのではないかと思います。

 浅田選手がフリーの演技に選んだのは、『蝶々夫人』です。復帰戦では、最初のポーズを決めた瞬間から、演技に入り込んでいました。何かが降りてきたような、役になりきった彼女を見たのは本当に久しぶりでした。

 彼女の場合、トリプルアクセルやジャンプが注目されますが、休養しているうちに表現の部分が伸びたように思います。フリーの演技を見て、このプログラムを本人が本当に気に入っているのがよくわかります。

 ずっと特別な環境で練習してきたので「普通」を経験することができなかったけど、スケートから離れて普通の生活をしたことで、大人になったような気がします。前よりも強くなったかもしれません。

■フィギュアはコツコツ努力した人が最後に勝つスポーツ

―― 浅田選手が6位に終わったGPファイナルで表彰台に上がったのが、17歳の宮原選手。昨シーズンの世界選手権銀メダルに続き、GPファイナルは2位。日本のエースと言える存在になりました。

鈴木:昨シーズン開幕前は、「日本の女子は大丈夫か?」とよく聞かれました。でも、世界選手権で宮原知子選手が銀メダルを獲得し、本郷理華選手が6位、村上佳菜子選手が7位入賞を果たしました。みなさんの心配が杞憂だったということは、宮原選手たちが証明してくれました。

 彼女の場合、突然大化けしたという感じではありません。これまで地面を耕し、種を植え、毎日毎日水をやっていた花が、ある日パッと開いたという印象です。コツコツコツコツ努力してきたことが、実を結んだのだと思います。

―― 宮原選手が「練習の虫」であることはよく知られています。

鈴木:宮原選手は、練習中に一切無駄口を叩くことはありませんし、普段の生活でも物静か。これほど静かな選手はフィギュアスケートでは見たことがありません。熱い闘志を胸に秘めるタイプです。

 自己主張の激しい選手たちのなかで、147センチと小さな身体が独特の存在感を放つようになりました。どのスポーツでも努力は必要だと思いますが、努力を続けることは困難が伴います。でも、やり続ける人はやっぱり強い。宮原選手は、日本人が本来持っている美徳をその小さな背中で表現してくれているのかもしれません。世界のトップを目指すためには才能も必要ですが、努力に勝るものはないと私は思います。

―― この12月、鈴木さんが上梓した『プロのフィギュア観戦術』(PHP新書)の中で「フィギュアスケートはコツコツ努力し続けた人が最後に勝つスポーツだ」と書かれています。

鈴木:はい。これは、私が23年間競技を続けて得た結論なのですが、彼女がこの言葉を体現してくれています。もともと私は自分を「努力型」の選手だと思っていたので、宮原選手に親近感を覚えています。彼女はまだ17歳で、今後どう変化していくのかは未知数なのですが、「コツコツ努力する」という個性は変わらないでしょう。宮原選手より下の世代は彼女が努力する姿を見ているので、「努力すれば強くなれる。私も!」と目標にするはずです。メダリストという立場になったので、誰かに遠慮することなく、堂々とした滑りを見せてほしい。

―― そのほかの注目選手を教えてください。

鈴木:私がショートプログラムの振付を担当したこともあって、本郷選手のことはどうしても気になります。以前は、与えられた練習をこなしているように見えた時期もありますが、昨シーズンから積極性が出てきました。新しいことを吸収したい、自分のスケートをしたいという前のめりの姿勢が成果につながっています。

 ケガのために始動が遅れたのですが、その後は順調に成長しています。昨シーズンがよかっただけに、今シーズンが勝負です。これから、山あり谷ありだと思いますが、長久保裕先生をはじめとするコーチたちは「明子でいろいろ経験したから、私たちはじっくり構えられる」と言っています。

■若手の成長が目覚ましいが、村上佳菜子にも伸びしろがある

―― 宮原選手は17歳、本郷選手が19歳ですが、もっと若い選手の台頭もあります。

鈴木:昨年の全日本選手権3位の樋口新葉選手(2001年1月生まれの14歳)はまだ中学生。ですが、2014年12月の全日本選手権では優勝候補のひとりに挙がっていました。樋口選手は、2013年の全日本ジュニア選手権に、浅田真央選手、安藤美姫さんと同じ中学2年生で優勝し、一気に注目されました。2015年3月の世界ジュニア選手権で銅メダルを獲得、10月のジュニアGPクロアチア杯で2位に入るなど、着実に成長しています。

 樋口選手はまだジュニアですが、彼女を試合で見たときに、「最近いなかったタイプだな」と思いました。最近はジャンプも表現力もあるジュニアが多いのですが、彼女は持ち前のスピードを活かしてガンガン跳んでいきます。スカッと爽快な、スポーツとしてのフィギュアスケートを見せてくれます。そこが彼女のいちばんいいところ。ロシア勢のジャンプとはまた違った魅力を持っています。スピードがあるので、高さも幅もある質のいいジャンプが跳べるのです。今後どんなスケーターになるのか、楽しみで仕方ありません。

 ほかに若い選手のなかで注目しているのは、本田真凛選手(2001年8月生まれの14歳)と青木祐奈選手(2002年1月生まれの13歳)。ふたりとも同じ学年で、ほかにもいい選手がこの世代に固まっています。彼女たちは、ジャンプの難度が高く、表現力も兼ね備えています。ふたりはタイプが違うので、切磋琢磨していってほしいと思います。

―― 浅田選手の復帰、若手選手の台頭に隠れていますが、村上佳菜子選手の動向も気になります。

鈴木:そうです。もうひとり忘れてはいけないのが、ソチ五輪日本代表の村上選手です。キャリアは十分ですが、1994年11月生まれの21歳です。まだまだ「伸びしろ」はあります。現在、トップ選手としての重圧を感じる一方で、若い世代から突き上げを食らうという難しいところにいます。

 浅田選手が休養し、私が引退したことで、昨シーズンはかなり気負っていたように思えました。「私がやらなきゃ」と気張っていましたが、肩肘張った感じは彼女には似合いません。不本意な成績が続いているので、「このままでは終われない」と思っているはずです。村上選手が苦しんだのは、回転不足とルッツのエッジエラー。ルッツをプログラムに組み込めないと難易度を上げることが難しくなるので、そこが課題。もともと表現力はあるので、自分のキャラクターに合うプログラムができれば上位を狙えるはずです。

鈴木明子(すずき あきこ)プロフィール
1985年、愛知県豊橋市生まれ。6歳からスケートを始め、15歳で全日本選手権4位に入賞し注目を集める。10代後半に体調を崩し大会に出られない時期もあったが、2004年に復帰。10年バンクーバーオリンピック代表の座を獲得し、8位に入賞した。12年世界選手権銅メダル。13年の全日本選手権では、会心の演技で13回目の出場にして初優勝。14年ソチオリンピックでは、同大会から正式種目となった団体戦に日本のキャプテンとして出場し5位入賞、個人戦では8位入賞を果たす。14年の世界選手権出場を最後に、競技生活からの現役引退を発表した。引退後はプロフィギュアスケーター、振付師、解説者として活動の幅をさらに広げている。2015年12月、選手たちの心理戦から演技の舞台裏を描いた『プロのフィギュア観戦術』(PHP新書)を上梓した。

元永知宏●取材・文 text by Motonaga Tomohiro