あるロングセラー商品に見る、今日的デジタルマーケティングの「あるべき姿」

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テクノロジー自慢のようなキャンペーンサイト、目立つために目立つかのようなヴァイラルの施策。それらの手法がもはや「刺さらない」ことは、受け手側にしてみれば自明のこと。しかしデジタルマーケティングの現場では、未だ力押しの呪縛から抜け出せていないケースが見受けられる。そんな業界に、清涼感に満ちた心地のいい風が吹き抜けた。ハートランドビールのキャンペーン「SLICE OF HEARTLAND」である。

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ある日、行きつけのコンビニの棚からお気に入りの飲料が忽然と姿を消し、代わりに別の商品(最近だとPBが多い?)が鎮座しているさまを見せつけられ、「またひとつ、世の中が暮らしにくくなった」と途方に暮れたのもつかの間、すぐ次のお気に入りを見つけて順応していくというサイクルに、多かれ少なかれ、誰もが慣れ親しんでしまっているのではないだろうか。

新製品を売りたいメーカー、営業成績を伸ばしたいライヴァル社、利幅を上げたいリテール、飽きっぽいコンシューマー…。始まりがどこなのか定かではないが、いずれにせよ大抵の飲料製品の寿命は、殊の外短いと言っていいだろう(たとえるなら暗黒ショウジョウバエほどのライフサイクルか)。仮に熾烈な生存競争に生き残ったとしても、ブランド力を維持し、ライヴァルに駆逐されないためには、排他的かつ包括的なマーケティング戦略を継続して行うことが不可欠である。通常であれば。

もちろん、そんな「通常のことわり」に縛られない希少種が、飲料界にも存在する。そのひとつが、ことさら派手なキャンペーンを行わずとも、商品を愛する料飲店とファンをもつことでおよそ30年間その存在価値を示し続けている「ハートランドビール」だ。

1986年に誕生したハートランドは、製造元であるキリンのなかでも「ラガー」に次ぐロングセラーブランドである。それを知って、「一番搾り」より先輩であることを意外に思う人もいれば、そもそもハートランドがキリンの商品だったことを意外に思う人もいるかもしれない。それほど、ハートランドのブランドイメージはニュートラルであり、にもかかわらず(だからこそ?)ロングセラーであることは、「飲料界のことわり(=熾烈な生存競争)」に対する清冽なカウンターパンチにも思えてくる。

キリン社内には、ハートランドを生み出すにあたってまとめられた手書きのコンセプトシートが残っており、そのなかには、「この商品は『売りにいく』商品ではなく『見つけてもらう』商品であり、口の端に乗って自然と広がっていくことを目指す」といった趣旨が記されている。このコンセプトシートが書かれたのは、1980年代半ばのこと。まるで現在におけるSNSの様相を予見するかのようなその言葉に導かれ、今回のキャンペーン「SLICE OF HEARTLAND」は完成した。ハートランドのシンボルでもある「BIG TREE」をCTスキャンのように「スライス」していくアートプロジェクトとして、だ。


ストップモーション・アニメの技法は必然だった

ハートランドは、コアなコンシューマーはもちろん、彼らが訪れる料飲店とも深い関係性を築くことで培われてきたブランドだ。元々広告的なキャンペーン自体がそぐわない商品であり、広告を打つことで、かえってかけがえのないファンの不興を買うことも十分想定できた。つまり、いかに広告的なアプローチをすることなくファンの人たちにハートランドをより好きになってもらうか、さらには、そんな「ハートランド的コミュニケーション」の様子を、いかにして多くの人に感じてもらうかという点が、今回のキャンペーンには求められた。

そこで、最終的な定着として映像を核に据えることがプロジェクトの初期に決まった。キャンペーンサイト自体が流通するというより、YouTubeなどに上がった動画自体がシェアされる、つまりはコンテンツが単体でシェアされていく流れが、現状、情報流通のアーキテクチャーとして定まってきたからである。

だからこそ議論は、「では一体、映像でなにができるか」という点から始まった。

ハートランドの特性を象徴的に表現するにあたり、商品と消費者を結ぶ重要なノードである料飲店をフィーチャーすることが真っ先に浮かびあがり、「たくさんの店舗(現実的な数字として100店舗)」を「映像」で表現する手法、つまりはたくさんの店舗を集めてひとつの価値/表現に落とし込んでいくには、アニメーション、それもストップモーション・アニメの技法が有効であろうという結論に行き着いた。

そこで、ハートランドの象徴であるBIG TREEの細密画、それも、BIG TREEを100枚にスライスした100枚の細密画を1枚ずつポスターにして100の店舗に貼り、それを1カ所ずつ撮影していくという極めて手の込んだ手法(言い換えるとアナログな手法)で、映像を紡ぎ上げることとなった。細密画は17人のイラストレーターが手分けをして描き、100の店舗はただ撮影場所として判断するのではなく、じっくりとインタヴューをして絞り込まれていった。その結果、プロジェクトが立ち上がってから完成までに14カ月を費やすこととなった(暗黒ショウジョウバエなら、3〜4世代は経過している長さだ)。

通常のキャンペーンであれば、「手間暇かけて100枚のポスターができました」という点を訴求していくことになるだろう。しかし「SLICE OF HEARTLAND」で大切にされたのは、「そのポスターがいかにしてつくりあげられたか」、「それが集まるとどうなるか」という裏側を開示することで、「さまざまな店が全部集まることでハートランドというブランドを表現している」という、みんなが共有できるストーリーを生み出すことであった。

映像で体験をシェアすることが当たり前になり、デジタルの領域における広告やそれに類するプロモーションも、いかに共有されるかが主眼となっていることは論を待たない。ただそこで、「目立つために目立つ。そのためのバイラル施策を練っていく」ことに力点を置くばかりでは、ますます「刺さらなく」なるであろうことは、容易に想像がつく。その点「SLICE OF HEARTLAND」は、「商品、料飲店、消費者がより深くつながるためにやったこと」を、それ以外の人に見てもらうという温度感が徹底しており、そこには、今後のデジタルマーケティングにおける重要な示唆が含まれているのではないだろうか。手触りのいいアナログ的な表現を生かす一方で、その裏に潜む高度なテクノロジーの存在を気づかせない点も、同様だ。

ちなみに、今回の「SLICE OF HEARTLAND」の映像やキャンペーンサイトで使用されている音楽は、一度ミックスダウンしたものを屋外で鳴らし、それをもう一度レコーディングすることで、自然のノイズを取り込んでいるという。さらには100店舗それぞれのノイズもあえて拾うことで、ポスターが飾られた空間の余韻をわずかならが残している。だからこの後、映像やキャンペーンサイトを見るのであれば、できればヘッドホンを挿し、耳を澄ませて欲しい。ハートランドというブランドを取り巻く「環境音」が、木が水を吸い上げる音のごとき心地よさで聞こえてくるはずだ。

SLICE OF HEARTLAND