とんかつ 成蔵「特ロースカツ定食」(昼2180円/夜2490円)

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おいしいとんかつを求めて、東京中のとんかつを食べ歩く三人の食いしん坊・山本益博、マッキー牧元、河田剛が同じ店をそれぞれ採点する「東京とんかつ会議」。そのなかでも、三人が太鼓判を押す店舗が「東京とんかつ会議・殿堂入り店」。審議の結果、第7回の殿堂入り店として選ばれたのは新宿区高田馬場にある「成蔵(なりくら)」だ。

【写真を見る】東京とんかつ会議メンバーの3人。左からマッキー牧元、山本益博、河田剛

■ とんかつ 成蔵「特ロースカツ定食」(昼2180円/夜2490円)

■ 山本益博「『平成のとんかつ』の傑作といえよう」

「とんかつ殿堂入り」を審議するために今回3人(マッキー牧元、河田剛の両氏と私)揃って訪れたのは、高田馬場の「成蔵」である。隔週開いている「東京とんかつ会議」は会議と称しながら、各自がそれぞれに店に出掛け、意見交換などせずに「とんかつ」を勝手に評価している。そこで3人揃い踏みで20点以上の高得点を付けた店に対してのみ、改めて取材するのが「とんかつ殿堂入り」審議である。この審議で改めて3人が20点以上の高得点を与えれば、見事「殿堂入り」ということになる。さて今回は?

「とんかつ」は揚げるという。ただし、エビフライ、カキフライと同じ調理方法にもかかわらず、カツフライとは誰も呼ばない。どこか、フライとは違うニュアンスが「とんかつ」の調理にあるかもしれない。

「てんぷら」も揚げるという。だが、江東区福住の「みかわ是山居」の早乙女哲哉さんが、次のように明言している。「てんぷらは、蒸すと焼くの両方の調理がなされた料理です」と。

つまり、鍋の油の中で衣の水分が介在している間は「蒸す」、水分がなくなった時点からは「焼く」という調理が始まり、この二つの調理をコントロールするのが「揚げる」ことなのだというわけである。早乙女さんの揚げる「穴子」を食べると、そのことをまさしく実感する。

その伝で行くと「成蔵」の「とんかつ」は「蒸す」に関しては申し分ない調理である。とりわけロースの肉汁の閉じ込め方はほぼ満点と言ってよい。だが、そこに衣の香ばしさが添えられていれば、永遠のとんかつ少年であり続けたい私は、ここに通い詰めればそのつど夢を見ることができるというものだ。

かつての下町の「とんかつ少年」は浅草「河金」の衣をラードで香ばしく「焼いた」かつをこよなく愛していた。これが「昭和のとんかつ」ならば、「成蔵」のロースかつは、肉7:衣3の割合で作られた「平成のとんかつ」の傑作といえよう。(山本)

■ マッキー牧元「これぞとんかつの醍醐味である」

「都内で、1500円の値段で食べられるとんかつとしては、最上級ではないか」。2012年10月、第7回東京とんかつ会議で「成蔵」を上げた時に、そう書いた。あれから数度出かけ、その想いは変わらない。しかし、今回は、その上の「特ロースカツ定食」が議題である。

成蔵のとんかつの魅力は、その軽さだろう。じっくり時間をかけて揚げられる「特ロースカツ定食」は、鍋に入れた時にはまったく音がしない。130℃くらいから徐々に温度を上げて揚げるため、肉にストレスがかからない。余分な水分だけを排出し、大事な肉汁は閉じ込め揚げられる。また最後は高温なので、揚げ切りもいい。分厚い脂にもその下の筋にもしっかりと火が通っているので食感がいい。

中粗の生パン粉はサクサクッと軽やかな音を立て、歯は肉にめり込む。ほの甘い肉汁が滲み出て口に広がり、目を閉じる。笑う。これぞとんかつの醍醐味である。

脂は口どけよく、噛めばするっと溶けてしまう。こんな優しいとんかつは、何もつけないか、塩だけがおすすめである。通常の霧降高原豚の時はそうした食べ方がいいと思うが、アグー豚の入荷がある時は、肉の味が強いのでソースを皿に垂らし、時々浸けながら食べてもおいしい。

都度、手切りされるキャベツは、細く、甘く、みずみずしく、キャベツへの愛に満ちている。おかわりは100円。このキャベツに、剥がれた衣の破片を混ぜ、クルトン風にして食べても面白い。根菜の豚汁も申し分なく、沢庵、大根、キュウリ、キャベツという布陣のお新香もご飯も上等だが、さらに上向けば、最強の定食となろう。

かつ丼は今回初めて食べた。カリッと揚がった男気溢れるかつが乗ったかつ丼もいいが、成蔵のような優しいカツを使ったかつ丼もいい。肉の香りはしっかりとご飯を煽ってくるのに、優しい味わいゆえに、ご飯とよくなじみ、より一気呵成に掻き込みやすい。羽根が生えたような軽やかなかつ丼にバンザイ。(牧元)

■ 河田剛「より高い到達点が狙える」

成蔵のとんかつはより上質な肉で真価を発揮するので、今回は特ロースかつ定食を選んだ。こちらのとんかつの特徴はその繊細さにある。衣は軽く、さっくりした口当たりで菓子を思わせる。霧降高原豚のロース肉はみっしりした肉質で、十分な旨味と脂の香り高さを備えている。

上質なソースと塩が用意されているが、全く使わなくても済むほどである。時折入荷するアグー豚の場合は、豚肉の持つ力がさらに明瞭な形で押し寄せてくる。高級ブランド豚を扱わせたら当代きっての名手といえるだろう。

キャベツも緻密に切り揃えられており、口の中で尖りを感じない程度に繊維を残し、野菜を食べる快感がある。このキャベツはドレッシング、ソースのいずれも合う。具沢山の豚汁も味噌の香りを十分に引き出している。ご飯、お新香もおいしいが、平成のとんかつの旗手として、より高い到達点が狙えるのではないだろうか。

今回、かつ丼も注文してみたが、優しいとんかつと卵がよくなじみ、一般的なかつ丼とは違う個性を見せていた。ねっとりしたポテトサラダは、思わずビールが飲みたくなる。どの面を捉えても水準が高く、殿堂入りにふさわしい店である。(河田)