桜井画門原作の劇場アニメ『亜人』シリーズ第1弾となる『亜人 -衝動-』についてライター・編集者の飯田一史さんとSF・文芸評論家の藤田直哉さんが語り合います。

セルルック3DCGの描写がすごい!



飯田 『亜人』の映画めっちゃよかったよ! このあとTVシリーズもやるけど、劇場版らしい出来映えでした。たぶんあそこまでグロいのはTVでは流せないと思います。
 序盤はパニック映画というかバリエーションとしてはゾンビ物に近いと思う。主人公がゾンビになっちゃった系の話。で、途中からガンアクション+スタンドバトルになる。そこの迫力がすごい! 主人公とかが手術台に載せられてぐちゃぐちゃに殺されたりして音と血がエグいので、グロ耐性ないひとにはおすすめしませんが……
とにかく、あんなにアクションものになるとは思っていなかった。主人公たちがバイクで逃げるカーチェイスシーンとか、原作漫画を読んでいたときはそんなに印象なかったけど、大画面では映える映える。

藤田 観る予定を入れていたんですが、打ち合わせが長引いて劇場に行けなかったんですよ…… 原作のマンガは、全部読んでいます。

飯田 ポリゴン・ピクチュアズのセルルック3DCGすげえ!!! 『シドニアの騎士』のアニメからさらに進化していて、ほぼ違和感なく観られた。

藤田 基本情報の確認も一応しますが、『亜人』は、死んでも蘇るという設定の「亜人」が、人類の中に出現し、怖れられ、やがて人類との対決になるという物語ですね。

飯田 劇場版の一作目は、事故って死んだことがきっかけで亜人だということが判明し、追われる身となった主人公と、やはり亜人である佐藤との絡みを中心に、原作をよくまとめていた感じですね。

藤田 死んでも蘇るから、むしろ亜人側はそれを利用して、自殺などをしながら戦う。一方、人類は、亜人を眠らせるとか酸欠にさせるとか、様々な戦略で戦う……という、壮絶な身体描写があり、かつ頭脳バトルだという良い設定ですよね。
 映画は、まだ人類との本格的な戦争が始まる前までを描いているようですね。佐藤という男は、人類に叛乱を起こす亜人のリーダーですね。
 ところで、セルルックの3DCGのアニメは、『楽園追放』など、最近成功作が増えていますね。

飯田 そうだね。原作の線は大友克洋〜皆川亮二ラインのシャープな絵柄ですが、アニメ版は3DCGということもあって、もうちょっと丸みを帯びてはいました。そのおかげで、亜人を捜査する側にいる女の子の下村泉ちゃんが原作よりかわいかったw

藤田 原作は、かなり特異なアクションのある作品なので、3DCGで映画になると凄そうだと期待できます。一作目は、バイクのシーンや病院のバトル辺りが割と立体的に?

飯田 そうね。めっちゃかっこよかった! 動きも音もすごかったですね。ガルパンの劇場版を観た次の週に観たので「日本のアクション映画の未来は明るい!」と思ったw
 ポリゴン・ピクチュアズは『シドニア』がNetflixで全世界配信されてワールドワイドに注目されているわけですが、『亜人』も世界で評判になりうるクオリティでしょう、間違いなく。
セルルックだけど、「IBM」という亜人が持つ特殊能力を使ったバトルなんかは3DCGじゃないとできない映像で、すばらしかった。2Dアニメ的な表現とすごくうまく融合していました。

藤田 ポリゴン・ピクチュアズは、『超ロボット生命体 トランスフォーマー プライム』とか『トロン:ライジング』など、既にアメリカで作品を作って、数多くの賞を受賞している実績があるんですよね。
 90年代のアニメなどをいくつか見返していたんですが、やはりCGは技術的な革新だと思いましたよ。押井守『攻殻機動隊』も今観ると、動きが少ない。ポリゴンピクチュアズが手掛けた2004年の『イノセンス』は、結構滑らかでいいCGなんですが、現在とは質感や躍動感のレベルが随分と違いますね。

死んでも蘇る、ゲーム的な戦闘描写の凄さ!


飯田 このへんから映画版の話ではなく、ネタバレありで原作の話をしていきますが、「亜人は何回死んでもリセットされて元気な状態で甦る」というのは、いわゆる「ループもの」ではないかたちでゲームっぽさを出す、すごくいい設定だよね。亜人だと判明した人間は普通の人間社会にはもう戻れない(差別され、捕獲対象になる)という意味ではリセット不能なんだけど。そこの妙がおもしろい。

藤田 「ゲーム的に人間を考えてしまう人たちのバトル」というのが、人物造型と合わせて、重要な主題かと。
 伊藤計劃さんの『虐殺器官』の第四章の、身体をズタボロにされても痛覚を感じないで撃ち合うバトルあるじゃないですか。『亜人』の戦闘って、あれの先にあるような描写だなと思っています。
 亜人をやっつけるために、ひたすら殺しては蘇る瞬間にまた殺すという作戦を採る人類も、なかなかよかったですね。

藤田 IBMは、不思議な設定ですよね。死んでも蘇るっていう設定だけでも面白いのに、自分の分身みたいな黒いものを出して戦いに使えてしまう。

飯田 『亜人』は『ジョジョ』+『無限の住人』+『ARMS』だよね。スタンドバトルで不死でSF。

藤田 個人的には、足が折れたときとかに、わざと自分の頭をふっ飛ばして、死んでから蘇る効果を利用して治療するとか、死んでも蘇るけど深い穴に落とせば閉じ込められるとか、条件がはっきりしている中でのバトルが好きなので、IBMを入れて来られると、ルールが緩くなりそうで、心配してますw

飯田 IBMがあるおかげで全体がダークホラーテイストになり、非常に謎めいている感じが出ているんだけどね。

人物造型がふしぎ


飯田 この作品の独特なところとして、キャラクターがたいがい性格が悪いw 人物造形が本当にふしぎ。物語って「ふつうの感情の動き」をする人間を置かないと、わけわかんなくなるんですよ。基準があるから、変なやつが際立つ。あと、変なやつは変なやつなりにわかりやすく一貫性がないと、これまた観ていて「キャラブレしてね?」と引っかかる。
『亜人』はかなりスレスレのバランスで成立させている。とくに主人公が原作最新刊の7巻まで読んでも、いまだに何をしたいやつなのか、行動原理がよくわからない。「こいつ、何者なんだ?」「なんでこうなったんだ?」という主人公の行動原理も、読者を引き込む謎の一部になっている。新人作家がヘタにマネしようとするとヤケドをする類の、キャラの立て方ですね。

藤田 主人公が、ドライというか、冷徹で、戦いを合理的に考えるやつじゃないですか。そして、敵のボスである佐藤も、共感する能力をそもそも持っていないがない存在っぽい。そういう人間を中心に据えるのはすごいですよね。人間味を強調する熱血な役割のキャラは、脇に二人ほどいますね。

飯田 主人公の友達のカイはわかりやすい、少年マンガの主人公みたいな友達思いのいいやつだよね。ふつうだったら、こいつを主役に据えると思うんですよ。でもそうしない。あとは比較的まともなのは、兄貴のことを「クズ」呼ばわりするけど、言葉が強いだけなのが主人公の妹。佐藤の仲間の亜人である田中も「人間にひどいことをされたから復讐する」という、わりと普通の心の動きをしている。

藤田 カイという主人公の友人が、昔ながらの少年漫画の主人公のような、熱血、純粋、利他主義の人ですね。『ライアーゲーム』でいう、ヒロインの役割(嘘つきだらけのなかで、正直な人)
 利己主義的に合理的に計算する主体に対して、利他主義こそが集団においては適応であり、勝利する、という進化心理学的な物語のパターンがあるんですが、そっちの方向も少し示唆されていますが、どうなっていくんでしょうね。亜人は、死がないから、共感がない、感情がない、みたいな偏見が広まっていきますが、そういう主体の合理的なゲームと、友だち思いの人間の利他主義とが、どういうドラマを描くのか。

飯田 『オルフェンズ』とある意味近いのかも。利己主義的なリアリズムはありつつ、小集団の仲間に対しては信頼を置くやつがいたり、完全に利用しているだけのやつがいたり。基本、非常にドライな世界観で成り立っている。でも少年マンガっぽいやつも混ざっている。

藤田 そうかもしれないですね、そういう、合理主義的で利己的なエージェントが、生存に有利な環境において、人間性や人情みたいなものの存在価値を問う、という側面はあるかもしれないですね。最近、ゾンビモノが流行っていますが、その本質って、「人間性」の再編が起こっていることだと思うんですよ。
 その中でも『亜人』は、ちょっと特異な設定なので、気になっていた作品だったんですよ。映像化が決まる前から実は読んでいて。

飯田 タイトルからして「亜人」だからね、なんたって。
 内容も「ブレインアップローディング(脳をデジタルデータ化)できるようになって、人間の寿命が無限になったらどうなるか」というシミュレーションとしても読めなくもない。

藤田 アクションとしても面白いし、設定も面白いけれど、何かぼくらの「生」のリアリティに関する深刻な問いも内在させている作品なのではないかと個人的には感じます。
 亜人の設定は、ゲームっぽいじゃないですか。死んでもリスポーンできる。それと、死んだら蘇らない人間が混ざっている。
 その二種が衝突したり協力したり価値観を変えていくというところが、本作のドラマの本質的な部分ですよね。何か、ゲームっぽい(金融工学っぽい?)リアリティと、生身の人間のリアリティが無理やり重なってしまったような、不思議な世界観です。

飯田 現代人にとっての「命の軽さ」が出ていると思う。生に対するリアリティの希薄さというか、「重いものとして捉えてなかっただろ?」ということを描くために、亜人を何回も殺したり、死んだら生き返らない人間を横に置いて対比をしている。
見た目は人間と同じ「亜人」に対する強烈な差別を出して「何が人間なのか?」「人間とは何か?」を問うている。

藤田 佐藤は、何度叱られても、生命の価値を理解できない存在であったと描写されていましたね。いわゆるサイコパスというか、良心や共感がない、だから強い。
 そして、主人公も、そういうところがあって、しかも、そうじゃないと生きられないのだと、作中の大人が肯定したりする。すごい対決だなと思いますよ。これまでのマンガでは、主人公は、人間味を代表することが多かったはずなんですがw

飯田 そうねw あと、亜人の佐藤が「中心人物」「司令塔」かというと、完全にはそうでもないのが現代っぽいなあと。人間に対して戦争をけしかけている佐藤だけど、あいつを倒したところで終わる気がしないじゃない。

テロ時代のリアリティ


飯田 ある意味ISとかのテロと似ていて、指示系統がはっきりなくても勝手にテロをやっちゃうやつがガンガン出てきたら止めようがない。なんせ亜人は何回死んでも甦るわけだし、亜人の見た目は人間とまったく同じだから、自分たちのすぐ隣に潜伏されていることへの恐怖はどこまでいっても消えないし。

藤田 そうですね、人類の差別や偏見、敵対心が、佐藤の行動のせいで激化していますからね。彼がきっかけをつくっただけで、このあとも対立が延々続くことは想像できます。……なんか、レイシズムとかが流行する現代っぽい不穏な感じですね。異なるものを恐怖の対象にして排除したがる時代の空気と言いますか。
 ネタバレしますが、作中で、佐藤が、飛行機で自爆テロするじゃないですか。亜人は、死んでも蘇るから、いくらでも自爆テロができるという、恐ろしい描写をするなと思いましたよ。あそこ、一番ゾッとしました。

飯田 いくらでも湧いてくるという意味では、ネット上での論争と似ている感じもする。終わらないし、なくならない、と。テロも、ゾンビもそういうものだしね。

藤田 この物語をどう解決するかというのが、時代と呼応して、なかなかスリリングですね。

飯田 根絶不可能なものとして社会に潜在的にいる脅威とどう共生していくかが主題なんですかね。

藤田 ……いくつかのゾンビ映画では、ゾンビと人間のカップルが成立してたりするんですが。フィクションですが。しかし、現実では、人間と人間でも和解できない。ましてや、亜人やゾンビと和解できるんだろうかw
 共生の可能性を描く、というのが、倫理的に正しい気もするけど、でも、それもパターン化して安易な気もするので、現代のこの状況で説得力を持てるかなぁ……?
 そこは、智慧を振り絞って、新しいビジョンを見せてほしいですね、この時代の、人々のクソのような対立の全てに決着をつけてしまうぐらいの覚悟で。

飯田 たとえきれいにオチなくても、多少ありがちな最終回になったとしても、もはや十分傑作です。ただ期待しちゃうよね。ここまで独自なものを見せてくれたなら……! と。

藤田 非常に刺激的な作品です。ぼくらの、同時代的ななにがしかのアンテナにビンビン触れてくる。そういう意味では、今触れておくべき作品のひとつであることは間違いがない。