2015年の新作「クランチー キャラメル トフィー ラテ」(Short 464円〜)と「クランチー キャラメル トフィー フラペチーノ(R)」(Tall 604円〜)。レッドカップが印象的だ。

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スターバックスのクリスマスといえば、赤いカップ(「レッドカップ」)が印象的ですよね。一部米国ではカップから「クリスマス」の文字デザインが消えたことで話題になっていますが、日本では特に違和感なく受け入れられているようです。スターバックスの甘いドリンクや本格的なコーヒーだけではなく、カップデザインや空間そのものに虜となっている人も多いのでは?
さて、今やこのように馴染み深いスターバックスですが、日本初登場時はどんな様子だろうか?

最初のオーダーは「ダブルトールラテ」


北米シアトルで誕生したスターバックス。日本では1000店舗以上を展開し、2015年5月、鳥取県にオープンしたことにより全都道府県進出を果たした。気になる日本第一号店は、1996年の銀座松屋通り。

メディアで大きく取り上げられたこともあってオープン初日は長い行列ができた。記念すべき最初のオーダーは「ダブルトールラテ」。スターバックスのスイーツの定番「シナモンロール」も、オープン当初は店内で焼いていた。現在も当時と同じ場所にある銀座松屋通り店は、銀座という土地柄か幅広い年齢層や多国籍のお客さんが訪れる。店内には日本一号店の記念プレートがあり、スタバファンには感慨深く、地方からわざわざ来る人も居るという。

実は「スターバックス」幻の一号店が存在した


銀座松屋通り店が初店舗だと思っていたが、そのオープン2年前の1994年、実は、成田国際空港内にスターバックスが直営店を出店していたのである。残念ながら経営は軌道に乗らず撤退となり、その後、雑貨やカフェを手がけるサザビーと提携してスターバックスジャパンが誕生したのだ。
よって、スターバックスジャパンとしての一号店は銀座松屋通り店で間違いはないが、知らなかったという人も居るのではないだろうか。

開店当初は喫煙可能だった


スターバックスといえば、全面禁煙(テラス席を除く)で知られているが、銀座松屋通り店がオープンした最初の1カ月は2階が喫煙可能だった。当時の日本は喫煙率が高く、全面禁煙にすることは経営者にとってハイリスクだったのである。しかし、2階のタバコの煙が1階へ通じる階段まで漂うため、徐々に喫煙スペースを狭くしていった。そしてお客さんの反応を見ながら、最終的に全面禁煙となったのである。全面禁煙によって、ゆっくりとコーヒーの香りを楽しめると女性層を取りこむことに成功。時代は嫌煙の流れとなり、先取り感覚に優れていたことがスターバックス躍進の秘訣と言える。

心の充足が大ヒットの要因に


銀座松屋通り店がオープンした当時、ドトールコーヒーの値段が一杯150円だった。それに対してスターバックスは、ショートサイズが250円、トールサイズが290円と強気の値段設定だった。スターバックスにとっては賭けだったが、幸い、最高級のアラビカ種のコーヒー豆を使用したエスプレッソコーヒーは本格的で美味しいわりに安いと受け入れられた。

コーヒーの美味しさのほか、クッキーやサンドイッチなどのフードメニューが充実していること、店内がお洒落な雰囲気であること、専用のタンブラーを使うことなどのスターバックス独自のスタイルが、訪れる人の心の充足につながり、スターバックスの今日の大ヒットの要因になったのである。

今や、「スタバでまったり(ハート)」「デートの途中スタバで休憩(憧れ)」などお洒落なカフェの代名詞とも言えるスターバックス、その歴史が気になった人は一号店に足を運んでみては?