選手会長3年目。集大成の年として位置づけて2015年シーズンを駆け抜けた池田勇太は、「今年で最後」と語ってきた通り会長としての役割に今年で一区切りをつける。12月22日に30歳を迎えて挑む来季は「選手として今まで以上に頑張りたい」と一人のプロゴルファーとしての戦いに集中していく。

 選手会長職との2足のわらじを履いた3年間は、選手の先頭に立ってトーナメント外でも奔走した。試合の合間を縫って主催者などに会うために全国を飛び回る日々。ツアー転戦を続けるプロゴルファーの束の間の休息の時間でもあるトーナメント明け月曜日のスケジュールも、ほぼオープンになることはなかった。
 就任1年目の2013年には「マイナビABCチャンピオンシップ」を制して2001年の片山晋呉、08年の宮本勝昌以来の選手会長在任中の優勝を飾った。「今年は勝てないかと思っていた」とグリーンに落とした大粒の涙が、会長としての激務を物語っていた。
 「若輩者の私が3年間で試合数を30試合にするという目標を掲げて始めたわけですが、社会状況など身にしみた3年間でもありました。できることからやろうと突っ走ってきたけど、なかなか成果を出せなかった。本来なら5年、10年と時間をかけてゴルフ界を変えていかなければ」。
 選手会長としてやり残したことは確かにある。だが、来季は国内25試合、海外3試合の28試合を予定する男子ツアー。目標に届かずとも、導いた試合数増は確かに池田の残した実績だ。
 池田を競技者として駆り立てるのは、やはりこれまで一度も届いていない賞金王のタイトル。09年にはツアー初優勝となった「日本プロゴルフ選手権」を皮切りに4勝をマーク。だが、賞金王の栄冠には届かず石川遼に続くランク2位に甘んじた。翌年も4勝を挙げるも「その年もキョンテに獲られた(笑)。いつも賞金王になれなくて、そうこうしてるうちに選手会長になって…」。もう一度ゴルフだけを見つめて突き進んでいく。選手会長退任は悲願達成への背水の陣とも言える。
 「20代にして40歳くらいまでの人生経験をしたような感じ。他の20代が味わうことができないことを経験できたと思う。これはこれからの人生に活きてくると思う。30代からは体力は落ちるだろうけど、アブラの乗る頃だと思う。まだ何も考えていないけど、40歳までの10年で1勝ずつしたら永久シードも見えるし、それが2勝ずつなら…とか考えられる。オリンピックも30代のうちに3回あるし、いろんなことにチャレンジしていける30代になると思う」。
 名実ともに男子ゴルフ界の顔となった20代から、成熟の30代へ。すべては賞金王のタイトルへつながっていく。
<ゴルフ情報ALBA.Net>