サンフレッチェ広島がガンバ大阪を破り、Jリーグの年間チャンピオンに輝いた。広島が勝ったというより、ガンバが広島に勝たれてしまった試合。勝たなければならなかったチームはガンバ。僕の個人的な意見ではそうなるが、それはともかく、世の中の報道は、結果に対してあまりにも従順だ。サッカーに限った話ではない。日本は、結果に従順ではない言葉を吐きにくい空気感に包まれている。
 
 モノの見方は一本調子になりがちだ。つい同じ角度、同じ距離から視線を傾けようとする。ガンバが優勝してもそれは変わらないので、その場合の報道もほぼ読めてしまう。

 トータルスコア4−3。アウェイゴールルールを抜きに考えれば大接戦だ。実際においても、第1戦は終盤、ドタバタの展開で、第2戦も浅野が同点ゴールを決めるまで、勝利がどちらに転ぶか分からない緊張感溢れる展開だった。

 新たにテレビの放映権料、スポンサー料を獲得するために練られた算段という側面を持つ2シーズン制とチャンピオンシップだ。地上波のゴールデンタイム枠で生中継されるチャンピオンシップの試合内容が、それに耐えられる内容でなければ絵に描いた餅。企画倒れもいいところになる。その意味では、素人にも伝わりやすい、面白いと言えば面白い試合となったこの決勝戦は、主催者も胸をなで下ろす合格と言える一戦だったのかもしれない。

 しかし、ある尺度を持ち出せば、評価は全く別のモノになる。一歩引いた目線だ。スペクタクル! と興奮気味に伝えている人は、試合にのめり込めていた人だ。代表格はテレビ局の実況アナ氏と解説者。何とか盛り上げて視聴率を稼ぎたいという演出側の欲も加わるのだろう。大阪、広島の両地元民と同じようなテンションで、試合に向き合おうとした。TBSは別名東京放送。NHKは日本放送協会だ。両局に求められているのは引いた目線ではないのか。視聴者も当事者と呼べる人は、せいぜい全体の10%ぐらい。残る90%にとっては他人の喧嘩。少し余裕のある第3者の立場で、距離を置いて画面に向き合っている人が大半だった。

 このJリーグ優勝決定戦は、世界的に見てどうなのか。試合のレベルは高いのか低いのか。サッカーの中身は世界に遅れをとっているのか否か。そのつど、見えざる遠くの世界を想像し、比較してみる。これが、東京放送や日本放送協会に課せられた報道の使命ではないのか。

 第2戦を生中継した日本放送協会は、その使命を果たそうとしたのか、ハーフタイムにハリルホジッチを放送ブースに招いた。解説者らの質問に答えるスタイルで、感想や持論を語らせようとした。彼が来日したのは今年3月。来日してまだ9ヶ月の代表監督に、日本放送協会は世界的な視点で何かを語ってもらおうとした。

 広島への注文については「サンフレッチェは後半、もっと攻撃的に前に出て行くべき」と語り、その話の流れでJリーグへの注文として「Jリーグには守備的なサッカーをするチームが多い。もっと前から勇気を持っていかないと」と語った。

 欧州からやってきた現日本代表監督に、当事者意識は薄い。引いた目線を傾けやすい立場にいる。しかし、無関心というわけでも、冷めた目を傾けているわけでもない。遠近の使い分けができているだけ。ハリルホジッチにしかできない作業ではない。それなりの世界観を持った人なら、誰にだってできる。一歩引いた視線で意見を述べることはできる。解説者もしかり。それができなければ、解説者の素養も、監督の素養もないと言いたくなるが、情けないことに、放送では「Jリーグへの注文は?」というハリルホジッチへの問いかけを、解説者自らが受け持っていた。それは言い換えれば「世界のトップレベルに比べて何が不足しているか」だ。盛り上げに水を差しかねない考察を、自分ではなくハリルホジッチに委ねようとする姿をさらけ出す結果になった。