(c) 2015 BTB Blue Productions Ltd / BTBB Productions SPV Limited

 先日行われた『東京国際映画祭 2015』で、気になる作品が一つあった。アメリカからのコンペティション部門出品作品『Born to be Blue』。ウエストコースト・ジャズを代表するトランペッター、ジャズミュージシャンの一人であるチェット・ベイカーが、一時退いたジャズ界に復帰するまでのストーリーを描いた作品で、近年では人気も高い俳優イーサン・ホークがチェットを演じる。

 ジャズというと一般的にはどうしても「Blue Note」レーベルという印象が強く、黒人アーティストが取り上げられがちなイメージがあるが、敢えて白人のチェット・ベイカーというモチーフを選んだところも非常に興味深いところでもある。まだ日本公開は決まっていないが、作品を見た所感からしても、日本の映画ファン、ジャズファンからどのように受け入れられるのかは興味深いところでもある。

「どれだけ似てるか」が評価基準?

 話は変わって、当方は普段、本メディア以外に映画関連のサイトでの執筆もある関係で、映画やテレビドラマ等を見る機会があるのだが、近年の作品でやはり多く見られるのが、過去作品のリバイバル、リメイクやマンガ、アニメ作品の実写化。その中で、近年感じられる傾向としては「再現度」という尺度での評価が重視されるということだ。

 まあそれは当然といえば当然のことなのかもしれない。原作のイメージが強いからこそ、その中心となるテーマを残して新たなアプローチを試みるのが、実写化という企画のコンセプトでもあるし、特に原作の印象に魅せられた人たちにとっては、その印象は核となる部分ではあるし、作品を見る側にとっては「どうせ作るなら、その印象を壊すなよ」くらいに思えるところもあるかもしれない。

 しかし、例えばSNSなどに書き込まれたそれら作品の評価を見ると、大半の意見が「キャスティングがどれだけもとのものに近いか」「ストーリーをどれだけもとのものに近づけているか」という意見に集約されている。もちろんそういう見方もあっていいと思うし、それを楽しむという意向もあるべきかもしれない。しかし個人的な考えからすると、「それだけの尺度であれば、そもそもそんな別のアプローチをすること自体に全く意味はないのではないか?」と考えるのだ

「再現性」はあくまで作品の見方の一つ

 先にも書いたように、原作という“神様”がいる以上、それを踏襲する部分は何らか線引きをして、その境界を越えない範囲で忠実に表現する部分は必要かと思える。しかし、その線引きのラインは実は曖昧でもあり、制作者の考えるもの、作ろうとする意図でそこに自由度は存在する。そう考えると、具体的に原作を再現するかどうかという具体的な尺度(というもの自体も、実は曖昧ではあるが)に迫ろうが否であろうが、実際にはそれほど意味はないのではないかと思う。

 例えば音楽は比較の対象にならないかもしれないが、よくアーティストがカバーという方法で別のアーティストの曲を真似、あるいは同曲を使用したアプローチを試みるケースがあるが、この場合あまり「再現性」という部分は全く重視されず、場合によっては「むしろどれだけ原曲を感じさせないものになっているか」というところを追求する向きも時としてある。

 原作の近さを意識するあまり、制作者個人の思いや考え、コンセプトなんかが消えてしまえば本末転倒、どれほど実写化に肉薄しようと作る意味は実質、無くなってしまうのではないだろうか?ほぼ同じというのであれば、そもそも原作に近い作品のほうを見ればいいわけであるし。もちろんこれは私個人の意見であり、人によっていろんな見方、評価の仕方があって良いと思う。ただ危惧しているのは、そんな「再現度」という基準で、制作者が描くイマジネーションが損なわれたり無視されたりすることは不本意であり、また違う見方、楽しみ方ができなくなってしまうのではないか? ということだ。

新たな作品への期待

 そんなわけで、冒頭で述べた『Born to be Blue』はどのように評価されるところも非常に興味深いところでもある。もちろん作品に登場するチェット・ベイカーや、チョイ役で登場するその他ジャズ界の大御所ミュージシャンなど、その「再現度」を楽しむのも良いが、そのストーリーや表現などには、いろんな意図や思いが込められている。

 はかなくも一つの美しさを持っているチェット・ベイカーの生涯を、私はイメージとしては心に留めていたものの、どのように解釈して良いのかわからないでいた。しかしこの作品は、そんな少しモヤモヤしたイメージを払拭する一つのヒントを与えてくれた。もし日本で見る機会ができれば、そんないろんな印象を受けてもらえるのではないだろうか。ちなみに、イーサン・ホークはチェット・ベイカーとしてはちょっと「ゴッツ過ぎるかな」という先入観もあったが、個人的にはなかなか写真でよく見る晩年近くの彼として「再現度」は高じゃないかな?とは思ったが。

 また、全くの予断だが、ジャズ界の帝王と呼ばれるトランペッター、マイルス・デイヴィスをモチーフとした作品「マイルス・アヘッド」という作品が完成、すでに今年アメリカで行われたニューヨーク映画祭で公開されており、オスカー賞候補にも食い込んで来るのではないかという呼び声もある。幸福か不幸か、この作品もマイルスの一線復帰のストーリーを描いたもの。『アベンジャーズ/エイジ オブ ウルトロン』に出演していたドン・チードルが、主演としてマイルスを演じる。ここまで書いておいてこんなことをいうのも何だが、事前に出ている画像などを見た限りでは、あの憮然としたような表情などホントに激似。こちらもお目にかかれるのが待ち遠しくてたまらない。(文・桂 伸也)