いつか2015年は、「ナイトライダー」が実現した年として記憶されるだろう

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多くの自動車メーカー、あるいはグーグル、バイドゥ、UberといったIT企業が、いまこぞって自律走行車の研究開発に力を入れている。そのR&Dレースの最前線に位置するAudiが、先日、バルセロナのサーキットにおいてエクスクルーシヴな「試乗会」を行った。自律走行用にカスタマイズされたAudi RS 7(通称Robby)のアグレッシヴな走りを体験したメディアデザイナーの水口哲也は、自律走行にいかなる未来を見たのか。

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車内カメラが搭乗者を認識し、個人名で語りかけてくる。ボタンひとつで発進したかと思えば、瞬く間に200/hに達してコーナーをタイトに攻める。その間、搭乗者はハンドルを握ることなく、ただ「なにもせずに」シートに包まれているだけ…。

2015年11月。自律走行研究の最前線にいるといっても過言ではないAudiは、そのテクノロジーの最高到達点というべき特別仕様のAudi RS 7(通称Robby)を、バルセロナのサーキットにて披露した。

103°の視野角をもつ3Dカメラ(フロントとリアに1セットずつ)、データ送信用アンテナ、GPS用アンテナ、トップヴューカメラ、レーダー・超音波・衝突防止等の各種センサーユニット、イメージプロセッシング&モニタリングシステム、ドライビングダイナミクスのコントロールユニット…。

これらのデヴァイスによってもたらされる精密かつ大胆な走りは、往年の米ドラマ「ナイトライダー」に登場するドリームカー、ナイト2000のオートクルーズ(つまりはフィクション世界における自律走行のひとつの理想形)を彷彿とさせる。ナイト2000を操る人工知能「K.I.T.T.」のドライヴィングテクニックは極上だったが、1周4,146m、12のコーナーを有するCastelloli Racetrackを幾周となく走り続けても、Robbyはラップタイムがコンマ数秒以上変動することはなかったのだから、その実力はK.I.T.T.に肉薄しているといっても構わないだろう(大きく違うのは、Robbyの声が女性だったことくらいだ)。

Robbyは、一朝一夕に生まれたわけではない。安全性(Safety)、快適さ(Comfort)、効率性(Efficiency)の向上をメインゴールに据え、Audiは自動車業界の中でも早くから自律走行と自律駐車の研究に本腰を入れはじめ、09年アメリカユタ州ソレトレイクにてAudi TTでAudiとして初めての無人走行実験を行った。以来、人間の知覚やドライヴィングのメカニズムを綿密に分析し、事故の90パーセントがドライヴァーのミスであることを知り、画像認識や駆動系の精度を飛躍させるべくディープラーニングを繰り返し、遂に15年初頭には「CES2015」の開催に合わせ、シリコンヴァレーからラスヴェガスまでのおよそ900劼2日間かけて自律走行する実験に成功するまでに至ったのである。

この900劼離疋薀ぅ瑤、衝突回避や車線変更というタスクが求められるハイウェイでのドライヴィングテストだったとすれば、今回のRobbyは、サーキットというハイパフォーマンスが求められる状況において、その駆動性をいかに安全に、快適に、効率よく発揮できるかというプレゼンテーションであったといえるだろう。モータリゼーションにおける多様な状況を見据えたAudiの綿密なR&Dの成果は、17年、自律走行機能を搭載して市販するAudi A8をAudiとして初めて発売するという快挙へと結晶していくことになる。

「乗ってみるまでは、自律走行のテクノロジーってどこか信頼できないというか、人間が運転しないなんて信じられない、信用できないという思いが少しありましたが、実際Robbyに乗ってみて、まったく逆だという思いに至りました。

コースのレイアウトや路肩の情報を最初に取ってしまったら、あとは状況やコンディションに合わせてどれだけ早く走れるかをひたすら考え、実行する。アクセルをどこで踏むか、ブレーキをいつ踏むかというアクションは、あらかじめインプットするものでもないという話には衝撃を受けました。まさにナイトライダーの世界が実現したというか。これを体験したいま、自律走行が未来にどのようなインパクトを与えるのかを、考えずにはいられません」

2分9秒ほどのラップタイムで4,146mを走ったRobbyに身を委ねた直後、水口哲也は、そう言って未来への思いを語りはじめた。


TETSUYA MIZUGUCHI|水口哲也
メディアデザイナー/レゾネア代表/慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)特任教授。人間の欲求とメディアの関係性をリサーチしながら、ヴィデオゲーム、音楽、映像、アプリケーション設計など、共感覚的なアプローチで創作活動を続けている。代表作として「Rez」(2001)、「Lumines」(2004)、「Child of Eden」(2010)など。2006年には全米プロデューサー協会(PGA)と『Hollywood Reporter』誌が合同で選ぶ「Digital 50」(世界のデジタル・イノヴェイター50人)の1人に選出される。


イヴェントに際してRobbyでの走行を体感。実際には、安全面を考慮し、Audiのエンジニアが同乗している。

最初にRobbyのドアを開けてシートに座るとき、車内カメラに向かって自分のIDをかざして認識してもらいます。すると、「水口哲也」という個人をRobbyが特定し、女性の声でぼくに語りかけてくるわけです。その時、「ナイトライダー」のK.I.T.T.や映画『her/世界でひとつの彼女』のOSのように、Robbyと心がつながった感じというか、人格が立ち上がったような感覚がごく自然に芽生えました。

スタートボタンを押すと、Robbyは一気に200/hまで加速し、その後は圧倒的な加速と減速を繰り返しながら12のカーブを切り抜けていくわけですが、けなげに走り続けるその姿勢に心を打たれ、次第に自分が守られている感覚に包まれたんです。そのときにはもう、Robbyというのが自律走行プログラムのことなのか、OSのことなのか、クルマそのものを言っているのかが曖昧になり、Robbyという人格を自分が認識していることに、なんら違和感を感じなくなっていました。Audiは自律走行車の1台1台に名前をつけているようですが、実際に乗ってみたことで、そこに秘められた開発チームの思いや意図を理解することができたと思います。

サーキットからホテルへ帰る道すがら、隣を走っているクルマを見て「あっ、人が運転してる」とふと思い、その光景が急に色褪せて見えてきたんです。それは、Robbyによって確実に感覚が更新された証拠で、そのときようやく「自分は本当に未来を見たんだ」と確信をもちました。

クルマ、都市、そしてぼくたちはどうなるのか

自律走行のヴィジョンというのは、あらゆる方向に開かれていると思います。いつでもどこでも、効率的で無駄のない時間の過ごし方、状況に合わせた過ごし方みたいなものがやってくるのだろうなということを実感としてもちました。

ぼくたちはこれまで、目的を果たすためだとか、あそこに何時までに行かなければならないとか、この道を何/hで走らなければならないといった制約の中でクルマを運転していたわけで、その制約は、社会の規範を守るためには必要だけれど、それによって運転にストレスや無理が生じ、事故につながるという側面があったことは否めません。

自律走行によってそういった制約から解放されるということは、ぼくらの感覚が解放されることにほかなりません。それによって自由な時間も増えるだろうし、ぼくらがクルマに求める欲求みたいなものが、どんどん広がっていくことになると思います。それは、モバイルの代用でもあるし、家とかオフィスといった生活スペースの延長でもあるし、クルマ同士、あるいは都市とクルマがリアルタイムのビッグデータと呼応し合いながらスムーズなインフラをつくっていくのだろうということが予見されます。

マーシャル・マクルーハンの有名な言葉に、「We shape our tools and thereafter our tools shape us.(人は道具をつくり、今度は道具が人をつくる)」というものがあります。例えば、メディアは人間がつくった道具です。そのメディアによって、いまや人間が変容していることは、説明するまでもないでしょう。同じように、人は自分の足の延長としてクルマを生み出したわけですが、この先運転する必要がなくなったとき、いままでとは違った欲求や意識のスイッチが入り、ぼくら自身を変えていくということが、さまざまなレヴェルで起こり得ると思います。クルマというのは、社会や経済や文化など、多様な分野において非常に大きな影響力をもった存在なわけで、そういった世の中の基幹的なものに大きな変化が起こったときのインパクトは、想像できないほど大きいのではないでしょうか。

例えばぼくらはまた、移動しながら生きるというライフスタイルを選択することになるかもしれません。自分たちの部屋やオフィス、あるいは居住空間が常にそのまま移動する未来が十分ありうることだというイメージを、Robbyの走りを体験したいまでは強くもつことができるようになりました。なにしろ、移動しながら寝たり、食事を摂ったりできるわけですから。

仕事の延長で考えれば、いつでもどこでも仕事ができて、ミーティングをするときも、Skypeの進化系のようなものでつながっていて、そのときの状況によってクラスターのように、モルキュール(分子)のように、お互い連結しあって仕事をして、終わったらまた離れていくといったスタイルが訪れるかもしれません。あるいは学校も、教える方も教わる方も、いつでもどこでもつなげれるようになるかもしれません。

そう考えると、自分がいま求めている好きな場所や好きな状況で好きなことができるということが、本当の意味でのオートモービルの未来なのかもしれません。モバイルというと、いまぼくらはスマートフォンを手にして、そのなかにいろいろアプリをインストールし、自分に最適化して活用しているわけですが、自律走行があまねく実現していくと、その機能を、今度はクルマが果たしていくことになるのではないでしょうか。スマホがさまざまな欲求をアシストし、拡張してくれたように、自分たちの欲求を拡張させ、最適化させ、効率化する役割を、今度はクルマが担っていくのではないかと思います。

自律走行車が街のそこかしこに走っていて、それをあるとき呼び出すと、それこそRobbyのような自分用のドライヴィングOSが即座にインストールされ、車内は瞬く間に自分の慣れ親しんだ環境になる、という社会は確実に訪れると思います。

Robbyと同じくAudi RS 7をベースに自律走行車としてカスタマイズされた頭脳の中枢部。


水口は自らAudi RS 7のハンドルを握り、Robbyの走りに挑戦をしたが…。

これまで自動車メーカーというのは、クルマを中心としたデザインやプランニングに携わっていればよかったわけですが、これからは、「人間のライフスタイルをデザインする」「未来の欲求をデザインする」という視座が必要になってくると思います。それはつまり、クルマがトランスメディアになっていくということであり、携わっていく人たちの種類も変わっていくのだと思います。

今回バルセロナで出会ったAudiの開発チームのメンバーは、一様に「自律走行の未来って、霧がかかった山の中にいるようなものだよ」と言いながらも、笑っているのが印象的でした。すごく希望に溢れたヴィジョンを彼らは抱いており、ここから先、いろいろなことを試して、新しい未来に挑戦していくのだという気概を感じました。

個人的には、自律走行車というのはまず最初、救急車のような緊急車両や、路面電車やバスといった公共交通機関に用いられていくのだろうと考えています。それと並行して、Uberのようなカーサーヴィスが登場することで、移動というのはより効率化し、移動時間そのものが新たな価値や欲求を生み出していくことになると思います。

21世紀型イージーライダーが登場する!?

そうしたパブリックの場でシェアされる状態が進んで行く一方で、先程も話した自分自身の空間という機能をもった「クルマ」も、徐々に登場し始めるのではないかと思います。そのようなクルマの役割が混在した社会が訪れたとすると、都市に縛られずに生きたい人が、たくさん出てくると思います。いろいろなインスピレーションを得るべく世界中を旅してまわりながら、やるべきことを実現していく、というデジタルヒッピーというかフューチャーヒッピーというか、ノマド的なライフスタイルが、いまとは比べものにならないレヴェルで普及していくのではないでしょうか。仕事をしているけれど、常に世界中の景色とか刺激とか体験を求めて動き続けているような、新しいイージーライダーのようなスタイルが、生まれてくるのではないかと思います。

それはつまり、マクルーハンの言葉通り、クルマの進化によって、新しい人間のウォンツが生まれてくるということだと思います。新しい欲求のスイッチがどんどん開かれていって、それによってぼくらの意識がどんどん変容し、ぼくら自身がトランスしていくわけです。

その一方で、確実になくなっていくこともあるでしょう。たとえば我慢することで賃金をもらうような仕事だったり、自分を殺して誰かのために奉仕しなければならないような作業は、明らかにテクノロジーに置き換わっていくと思います。

それによって失われる仕事も出てくると思いますが、その分、自分の価値やスキルをよりクリエイティヴなものに転換していかなければならない、という風潮が起こるのだと思います。

自律走行が当たり前になった社会が訪れ、みんなが移動しながら生活をすることがベースになってくると、いまはまったく存在しない想像力やクリエイティヴィティが求められ、ありとあらゆるものがもう一度再構成されることになるのではないでしょうか。それはつまり、自分がやりたいことのある人は自己実現がしやすくなり、それがみつからない人も、発見する旅やプロセスを手にする機会が待っている、ということではないかと思います。

その社会のキーテクノロジーとして自律走行車は存在し、今回実際に自律走行車を体験してみて、いま語ったような未来が決して絵空事ではない実感を、得ることができました。

所有しているクルマに限らず、たとえシェアリングされているクルマであっても、すぐさま個人に最適化されるような世界が実現すると、もはや空間自体がモバイル化していることになるわけです。いまのスマホをはるかに凌ぐレヴェルで、この先クルマは、メディアとして最強になっていくのかもしれませんね。それを教えてくれたRobbyのことは、生涯忘れることがないと思います。

Robbyとのタイム差はおよそ10秒。周回を重ねてもほとんどタイムが前後しないRobbyのドライヴィングスキルに、改めて嘆息。