『サンローラン』 (C)2014 MANDARIN CINEMA - EUROPACORP - ORANGE STUDIO - ARTE FRANCE CINEMA - SCOPE PICTURES / CAROLE BETHUEL

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『サンローラン』

女性の装いに男性性を大胆に取り入れたスモーキングをはじめ、革新的なスタイルを次々と発表した“モードの帝王”イヴ・サンローラン。昨年、その功績を中心に描いた『イヴ・サンローラン』が公開されたが、ベルトラン・ボネロ監督の『サンローラン』はイヴがプレタポルテを始めた1967年から1976年までに集中して、栄光に包まれながら同時にもがき苦しむ様を描いている。

どうしてもイヴ・サンローラン財団公認作『イヴ・サンローラン』と比較したくなってしまうが、伝記映画然とした同作に対して、『サンローラン』は史実をなぞるよりも、イヴの複雑かつ繊細な内面をボネロの解釈によって映像化したという趣き。天才の創造を支えるのは、不安と背徳、そして愛だ。

1967年から1972年まではアンディ・ウォーホルとの交流やアメリカ進出話などを盛り込みつつ、分割画面で毎年のコレクションと当時のニュース映像を見せながら駆け足で進む。膨大な仕事量と絶え間ないプレッシャーに神経をすり減らすイヴはドラッグとアルコールで現実逃避をしている。そして公私共に彼を支えるピエール・ベルジェという存在がありながら、ナイトクラブで出会ったセクシーな金持ちの青年、ジャック・ド・バシャールに惹かれて危険な世界へ堕ちていく。151分の上映時間中、ジャックとの物語に割かれる時間は正味30分程度だが、その濃密さはむせかえるほど。カール・ラガーフェルドの愛人でもあり、退廃を象徴するジャックとイヴは官能だけで繋がれている。そして、何の利害もなく純粋に魂と肉体だけで結びついていたからこそ、2人の関係は脆く儚く、壊れてしまうのだ。

イヴの主観で語る本作ではベルジェは有能なビジネスマンの面を中心に描かれ、イヴの心を狂わせるオム・ファタール(宿命の男)は享楽的なジャックだ。ベルジェなしにはブランドとしての“サンローラン”の成功はなかったが、本作では伴侶というよりイヴを支配する存在に見える。このような解釈で天才の美意識に迫る物語を可能にしたのは、財団の公認を得なかったケガの功名だろう。冒頭、パリのホテルに1人でチェックインするイヴが「スワン」という偽名を使うことや全体を支配する死の気配などからも、ボネロの演出にマルセル・プルーストやルキノ・ヴィスコンティの作品に通じる美がある。服1着の協力も得られず、一から作り上げた1976年のコレクション「バレエ・リュス」を再現したシーンは圧巻だ。

『イヴ・サンローラン』はコメディ・フランセーズの舞台で活躍していた俳優2人がイヴとベルジェを演じたが、『サンローラン』のキャストは映画の申し子というべき俳優ばかりだ。イヴを演じるのは『ロング・エンゲージメント』『ハンニバル・ライジング』のギャスパー・ウリエル、ベルジェはダルデンヌ兄弟作品でおなじみのジェレミー・レニエ、ジャックはフィリップ・ガレル監督の息子で『ドリーマーズ』のルイ・ガレル。ボンドガールのレア・セドゥはイヴのミューズだったルル・ドゥ・ラ・ファレーズ役で登場し、イヴの母親を『暗殺の森』のドミニク・サンダ、そして1989年のイヴをヴィスコンティ作品で活躍したヘルムート・バーガーが演じている。

晩年の姿は必要だろうか、と見る前は思っていたが、すっかり老いたヘルムート・バーガーが名演だ。ほとんど人前に出なくなったイヴが若い友人(フランソワ・オゾンの『危険なプロット』で魔性の高校生男子を演じたエルンスト・ウンハウアー)を相手にしみじみと語るシーン──有名なロゴマーク「YSL(フランス語のアルファベット読みではイグレック・エス・エル)」にかけた言葉遊びで「Y est seul(イグレック・エ・スル/Yだけがただ独り残された)」とつぶやく──、あるいは自宅で1人、テレビ画面でヴィスコンティの『地獄に堕ちた勇者ども』の1シーンを見ている場面が印象深い。画面を見つめるイヴの顔に突然カメラがグッと寄る。泣いているのだ。涙で頬が濡れている。泣いているのはイヴなのかヘルムートなのか、それとも2人が泣いているのか。一瞬、サンローランを忘れさせる不思議な時間なのだが、その瞬間を撮りたい、画として残したいという衝動と情熱に胸を打たれる。(文:冨永由紀/映画ライター)

『サンローラン』は12月4日より公開。

冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。

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