日本代表の2002年ワールドカップ出場メンバー23人は今どこに?

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2日、ジェフユナイテッド市原・千葉は、元日本代表鈴木隆行が今シーズン限りで現役引退すると発表した。

鈴木といえば、なんと言っても2002年ワールドカップでの活躍だろう。

初戦のベルギー戦に出場した鈴木は0-1で迎えた後半、小野伸二からのボールに右足を伸ばし、値千金の同点ゴールを奪う。結局この試合を日本は2-2のドローで終え、初の勝ち点を獲得したのだ。

そこで今回は、2002年ワールドカップに登録された23人の日本代表メンバーの現在地をまとめてみることにしよう。

※「当時の年齢」は大会が開幕した2002年5月31日当時
※「現在の年齢」および「現所属」は2015年12月3日現在

# 1 川口 能活(GK)

当時の年齢:26歳
現在の年齢:40歳

現所属:FC岐阜(今シーズン限りで契約満了)

1998年ワールドカップでゴールマウスを守った川口だが、2002年では楢崎の後塵に拝し出場はならなかった。2002年大会直前に日本人GKとしては初めてヨーロッパへと移籍しており、ポーツマスとノアシェランでプレーした。帰国後は2005年から2013年まで磐田に在籍し、2014年から岐阜へ。先日、今シーズン限りでの退団が発表された。

# 12 楢崎 正剛(GK)

当時の年齢:25歳
現在の年齢:39歳

現所属:名古屋グランパス

2002年大会の全4試合でゴールマウスを守った守護神。39歳になる現在も第一線で活躍しており、今シーズンのJ1でも全34試合に出場し10月には前人未到のJ1通算600試合出場を達成している。1995年のJリーグデビューから21シーズン連続で20試合以上の出場を記録するなど、Jリーグを代表する「鉄人」である。

# 23 曽ヶ端 準(GK)

当時の年齢:23歳
現在の年齢:36歳

現所属:鹿島アントラーズ

鹿島一筋18年。今シーズンは1stステージの開幕戦清水戦で先発メンバーから外れ、連続フル出場記録が「244」でストップ。佐藤昭大にポジションを譲る機会も増え、ややほろ苦いシーズンとなってしまった。ほぼ同年代に川口、楢崎という実力者がいたことからワールドカップでのプレー経験はないが、2004年のアテネ五輪に出場している。

# 2 秋田 豊(DF)

当時の年齢:32歳
現在の年齢:45歳

現所属:現役引退(2006-07年)

1998年大会に出場した秋田は、その経験を買われ2002年大会にもメンバー入り。2003年に鹿島を退団すると、名古屋と京都を経て現役を引退。その後は指導者ライセンスを手にし、京都と町田を指揮した。現在は解説者としてテレビでも活躍しており、テレビ東京やスカパー!などでその姿を見ることができる。

# 3 松田 直樹(DF)

当時の年齢:24歳(享年34)

圧倒的な身体能力と強烈なリーダーシップで「フラット3」を支えたDF。横浜FMで長くプレーし、2011年には当時JFLだった松本山雅へ移籍。しかし2011年8月2日、練習中に急性心筋梗塞により突然倒れ、2日後に息を引き取った。葬儀には中田英寿や中村俊輔などが出席し、横浜FM時代の同僚である飯倉大樹は、カメラを前に大粒の涙を流した。

# 4 森岡 隆三(DF)

当時の年齢:26歳
現在の年齢:40歳

現所属:現役引退(2008年)

トルシエジャパンの頼れるキャプテン。「フラット3」の中心として最終ラインを統率したが、グループステージ初戦のベルギー戦で負傷し、本戦での出場はわずか1試合のみとなった。11シーズン清水に所属し、2007年からは京都へ。引退後は指導者に転身し、今シーズンから京都のU-18チームの監督を務めている。

# 16 中田 浩二(DF)

当時の年齢:22歳
現在の年齢:36歳

現所属:現役引退(2014年)

「フラット3」のもう一人の要。2005年にはトルシエに招かれる形でマルセイユに移籍し、その後はバーゼルでもプレーするなどヨーロッパで5シーズンを過ごした。2014年に鹿島で現役を引退し、現在はクラブ・リレーションズ・オフィサー(CRO)としてクラブを運営する立場に。解説業もこなしており、昨日行われたJリーグチャンピオンシップ決勝1stレグの中継では、ピッチリポーターを務めた。今年のJリーグアウォーズにて、「Jリーグ功労選手賞」を受賞予定である。

# 17 宮本 恒靖(DF)

当時の年齢:25歳
現在の年齢:38歳

現所属:現役引退(2011年)

森岡隆三の負傷により、2002年大会の残りのゲームで最終ラインに入ったのが宮本だった。直前の試合で鼻骨を骨折していたためフェイスマスクをして試合に登場すると、「ジャパニーズバットマン」として一躍有名に。2006年大会でもキャプテンとして本大会に出場している。引退後はFIFAの大学院FIFAマスターで学位を取得するなど独自のキャリアを歩んでおり、今年1月に古巣G大阪のアカデミーコーチングスタッフに就任。今年のJリーグアウォーズにて、「Jリーグ功労選手賞」を受賞予定である。

# 5 稲本 潤一(MF)

当時の年齢:22歳
現在の年齢:36歳

現所属:コンサドーレ札幌

日本代表の2002年大会は、この男の活躍なしには語れない。初戦のベルギー戦で値千金の逆転ゴールをゲット。さらには続くロシア戦でもゴールを奪い、日本にワールドカップ初勝利をもたらした。大会後、アーセナルからフラムに活躍の場を移し、マンチェスター・ユナイテッドからもゴールを奪う。その後、様々なクラブを渡り歩き現在は札幌に所属。2012年には女優でモデルの田中美保と結婚した。

# 6 服部 年宏(MF)

当時の年齢:29歳
現在の年齢:42歳

現所属:現役引退(2013年)

磐田の黄金時代を彩った服部。1998年大会の日本代表にもメンバー入りしている。2002年大会ではロシア戦で小野伸二との交代で途中出場し、初のワールドカップ出場を飾った。2006年に磐田を退団すると、東京Vや鳥取、岐阜を経て2013年に引退。38歳で迎えた鳥取での2012年シーズンはJ2で全試合出場を果たすなど、「鉄人」と呼ばれるに相応しいプレーを見せた。2014年、磐田の強化部長に就任している。

# 7 中田 英寿(MF)

当時の年齢:25歳
現在の年齢:38歳

現所属:現役引退(2006年)

1998年大会、圧倒的なカリスマでチームを牽引したヒデ。2002年大会でもチームの中心としてプレーし、チュニジア戦ではヘディングでゴールを奪った。1998年大会から2006年大会まで全ての試合に出場しており、岡田、トルシエ、ジーコら全ての代表監督から信頼を掴んだ。現役引退の知らせはあまり突然のことだった。29歳の若さでピッチを去った中田は今、世界中を旅し自身の今後を模索している。

# 8 森島 寛晃(MF)

当時の年齢:29歳
現在の年齢:43歳

現所属:現役引退(2008年)

「ミスターセレッソ」の愛称を持つ森島。2002年大会は自身2度目のワールドカップとなったが、初ゴールは長居スタジアムで行われた第3節のチュニジア戦だった。クラブキャリアの全てをC大阪に捧げ、2008年に惜しまれつつ引退。長く背負った「背番号8」はチームのエースナンバーとなり、引退後にその番号を香川真司に託した話は有名である。現在はC大阪のアンバサダーに就任し、試合中にはスタジアムのFMチャンネル「FM NAGAI」で解説を務めている。

# 14 三都主 アレサンドロ(MF)

当時の年齢:25歳
現在の年齢:38歳

現所属:マリンガ

呂比須ワグナーに続く形で、ワールドカップに出場した帰化選手。2002年大会には左サイドのアタッカーとして起用され、決勝トーナメント1回戦のトルコ戦ではクロスバー強襲のフリーキックを放った。2006年大会にも出場しており、ブラジル戦では玉田圭司のゴールをアシストしている。清水や浦和でプレーし、2010年シーズンには名古屋でリーグ優勝を経験。栃木や岐阜でプレーし今年2月にブラジルへと帰国した。

# 15 福西 崇史(MF)

当時の年齢:25歳
現在の年齢:38歳

現所属:現役引退(2008年)

爽やかなルックスを持ちながら、ハードなディフェンスを武器とする福西。2006年大会にも日本代表メンバー入りしている。2006年に磐田を退団してからは、FC東京や東京Vでプレー。32歳という若さで引退し、現在は解説者として活躍している。

# 18 小野 伸二(MF)

当時の年齢:22歳
現在の年齢:36歳

現所属:コンサドーレ札幌

10代で出場した1998年大会から4年。「天才」小野はチームを牽引する中心選手として2002年大会を戦い、初戦のベルギー戦では鈴木隆行の先制ゴールをお膳立てするロングパスを送った。2005年にフェイエノールトを退団すると、古巣である浦和に加入。その後、ボーフムや清水、ウェスタン・シドニーを経て昨季から札幌へ。2015年シーズンは17試合に出場し、2得点をあげた。

# 19 小笠原 満男(MF)

当時の年齢:23歳
現在の年齢:36歳

現所属:鹿島アントラーズ

中田や小野、稲本といった選手の前に隠れはしたが、第3戦目のチュニジア戦でワールドカップ初出場。後の2006年大会でも2試合に出場している。2006-07シーズンにメッシーナに移籍したが、それ以外のクラブキャリアは全て鹿島で過ごしており、今シーズンも29試合に出場し若き司令塔柴崎岳のお手本となっている。大船渡の高校に通っていたことから、東日本大震災の復興支援活動にも積極的で、「東北人魂を持つJ選手の会」を発足させた。

# 20 明神 智和(MF)

当時の年齢:23歳
現在の年齢:37歳

現所属:ガンバ大阪

戦術家トルシエに「完璧なチームとは、8人の明神と3人のクレイジーによって構成される」と言わしめた、バランス感覚に秀でたMF。トルシエからの信頼は厚く、2000年のシドニー五輪でメンバー入りすると、ワールドカップ2002年大会では3試合に出場しチームのベスト16進出に貢献。強烈な個性が揃う中盤において、気の利いたプレーを連発した。

# 21 戸田 和幸(MF)

当時の年齢:25歳
現在の年齢:38歳

現所属:現役引退(2013年)

2002年大会当時にしていた赤色のモヒカンヘアーは、大会期間中で最も目立つ髪形の一つであった。堅実な守備力が最大の武器で、本大会では全4試合に出場した。2003年にトッテナムに移籍し、その後もADOデン・ハーグやKリーグの慶南FCにも在籍、現役最後のクラブはシンガポールのウォリアーズだった。引退後の現在はNHKやJ SPORTSで解説業をこなしており、冷静かつ知的な語り口が人気となっている。

# 22 市川 大祐(MF)

当時の年齢:22歳
現在の年齢:35歳

現所属:FC今治(今シーズン限りで契約満了)

無念の落選は1998年大会。しかし市川は右サイドのスペシャリストとして、自国開催のワールドカップに出場した。最大のハイライトは第3戦のチュニジア戦。鋭いフェイントからクロスボールを供給し、中田英寿のゴールを演出しチームのベスト16進出に貢献している。2012年に水戸を離れると、その後JFLの藤枝MYFC(後にJ3)と四国リーグのFC今治に在籍。先日、今治との契約満了が発表された。

# 9 西澤 明訓(FW)

当時の年齢:25歳
現在の年齢:39歳

現所属:現役引退(2009年)

ボレー職人、西澤。フォレンダム、エスパニョール、ボルトンといった欧州クラブを渡り歩き、2002年大会ではメンバー入り。準々決勝進出のかかったトルコ戦で先発のチャンスを得るも、ゴールをあげられずチームはベスト16での敗退となった。2009年にC大阪で引退し、現在はクラブのアンバサダーを務めている。現役時代につけていた背番号「20」は、杉本健勇も憧れ着用した。

# 10 中山 雅史(FW)

当時の年齢:34歳
現在の年齢:48歳

現所属:アスルクラロ沼津

48歳になった現在も、未だ「引退」は発表していない。日本にワールドカップの初ゴールをもたらした「炎のストライカー」は2002年大会、背番号10を背負って出場。磐田黄金期を支え、退団後は札幌に移籍。2012年をもってチームを離れたが、この時には「第一線を退く」としか発表しておらず、今年9月、3年弱のブランクを経てJ3のアスルクラロ沼津に加入した。解説者としても活躍しており、情熱的な解説とインタビューで高い支持を得ている。

# 11 鈴木 隆行(FW)

当時の年齢:25歳
現在の年齢:39歳

現所属:ジェフユナイテッド市原・千葉(今シーズン限りで現役引退)

日本にとっての初のワールドカップベスト16進出は、この男の諦めない姿勢から始まった。0-1のビハインドで迎えたベルギー戦、小野からのロングパスに鈴木は右足を懸命に伸ばし、これが価値ある同点ゴールに。鈴木は前年に行われたコンフェデレーションズカップでも大活躍を見せており、2002年にはベルギーへ移籍。その後も様々なクラブでプレーしていたが、先日今季限りでの現役引退が発表された。

# 13 柳沢 敦(FW)

当時の年齢:24歳
現在の年齢:38歳

現所属:現役引退(2014年)

ロシア戦では稲本にアシストを供給し、日本のワールドカップ初勝利に貢献。その後イタリアへと渡り、サンプドリアとメッシーナでプレーした。帰国後は鹿島や京都でプレーし、現役最後のクラブは仙台であった。昨シーズン限りで引退し、現在は古巣鹿島のコーチに就任している。今年のJリーグアウォーズにて、「Jリーグ功労選手賞」を受賞予定である。

23名のうち、現在チームに所属しているのは11名。

GKの3名はいずれも現役続行中であるが、DF登録の選手で現役中の選手はいなかった。