思えば今季は、涙の始まりだった......。

 1月の全豪オープン、シングルス初戦敗退後の会見。昨年末から負っていた股関節のケガの状態について問われたクルム伊達公子は、「すみません」と絶句すると両手で顔を覆い、しばらく、そのまま動かなかった。

「ケガをして1ヶ月半くらいは練習できないし、歩くこともできず。いったんは本当に、コートに立てないかなと思っていたんですが......」

 この当時のクルム伊達のランキングは101位。これは、グランドスラム本戦に出場できるボーダーラインの数字である。彼女は常々、「グランドスラムの予選から出ていくのは、自分の体力や年齢を考えると厳しい」と口にしていた。今後、今の地位を維持するのが困難になった場合......つまりはグランドスラムの本戦に出られなくなった場合は、どうするのか?

 そう問われた彼女は視線を落とし、ポツリポツリと言葉をしぼり出した。

「ここまでは、目の前にある状況とただ向き合った結果が、今、たまたまあるだけで......。その結果がなかったとき、予選に出ていたかというのは、そればかりは私にもわからないです」

 涙の会見から、約2ヶ月後――。

「久々に痛みがなくプレーできた」

 そう言って明るい笑顔を見せたのは、3月末のマイアミ・マスターズのころだった。2月から3月にかけての彼女は、従来の股関節とは別に左ひじ、そして右肩にも、寝るのも困難なほどの痛みを抱える毎日を過ごしていた。それでも痛みが薄れるに伴い、テニスが持つ戦略性や駆け引きの妙、そして何より勝負の緊迫感を楽しむ姿が、コート上に戻ってきた。

「5月の全仏オープンには、予選から行くことに決めました!」

 集まった報道陣から問われるよりも先に、彼女は自ら宣言する。

「正直、去年からケガが続いて、自分の気持ちとは裏腹に思うように動けなくなり、気持ちを維持するのも難しくなり......。それでもどうするか考えたとき、さすがに滑液包炎(かつえきほうえん)というよくわからないケガで引退するのは、どうしても踏ん切りがつかなくて」

 自分を説得するかのような軽快な口調に明るい表情で、彼女は言った。「光は見えてきた」。そう言ったのは、4月末に岐阜県で行なわれた、カンガルーカップの初戦で敗れた後だった。

 見えた「光」は、すぐに進む道をクリアに照らしたわけではない。痛みやケガの再発の恐怖は、常に身体と頭に貼りついていた。それでも彼女のコートへの情熱と、テニスへの探究心は色あせることはない。3月には、従来のツアーコーチの中野陽夫氏に加え、アメリカ人のコーチをチームに迎え入れた。

「壁にぶつかっているなかで何か新しいことを......と考えたとき、新スタッフを入れてみようということになった」

 新コーチとの取り組みは約1ヶ月のみであったが、なんとかして壁を乗り越えようという切実な願いが、そこにはあった。

 それら試行錯誤と迷いの日々のなかで、クルム伊達のテニスは時おり、まばゆい光を放ち世界を驚かせる。7月の北米スタンフォード大会では、予選で日本期待の若手・大坂なおみを破り本戦へ。本戦の初戦では、一昨年のウィンブルドン準優勝者にして、世界24位のサビーネ・リシキ(ドイツ)相手に1−6、7−6、6−2の大逆転劇を演じてみせた。

「あのリシキ戦だけが大きいというわけではないですが、その前にITF(下部レベル)の大会でそれなりに試合数をこなせたのが、スタンフォードにもつながった。予選を2試合もやり、試合数をできたことが大きかった」

 1試合の勝利を"点"ではなく、今後の道を示す"線"としてとらえるあたりに、彼女の決意や勝負哲学が浮かびあがる。

「1月は全豪の本戦に入ったとはいえ、身体が疲れて気力も沸いてこないなかで、どうやって気持ちを奮い立たせようかと思っていた。それを思えば、春先のケガを乗り越え、今はどこまで自分の身体ができるのかと思えるようになった。身体が元気であれば......自分の気持ちとかみ合えばまったく無理じゃないと、まだ思えている。もう少しできるという手ごたえのほうが、自分としては勝利よりも大きかった」

 9月の全米オープンを終えた時点で、彼女はそう振り返った。

 2008年に現役復帰を決意したとき、彼女は自らの試みを、"チャレンジ"と定義した。「挑む・頑張る・食ってかかる......」。辞書の"Challenge"の項目には、そんな対訳の日本語が並ぶ。

 それから7年......。

 クルム伊達公子の2015年シーズンは、出場を予定していた豊田市開催のITF大会を、ひざのケガのため棄権するという形で幕を閉じた。今は来季に向けて、リハビリに励む日々。

 彼女はまだ、挑み足りないと感じているのかもしれない。十分に頑張ったと、まだ自分に言えないのかもしれない。

「いい状態に戻せることができるならば、時間を費やすことに気持ちの上で抵抗はありません」

 欠場を決意した数日後には、ブログにそんな心境をつづっている。

 チャレンジはまだ、終わらない――。

内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki