いまAI(人工知能)がブームだ。夢の技術として何でもできると思いがちだが、経営コンサルタントの大前研一氏は過度な期待はすべきでないというスタンスだ。AIと人間との違いについて、大前氏が解説する。

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 トヨタ自動車がAI技術を研究・開発する新会社を来年1月、アメリカのシリコンバレーに設立すると発表した。

 以前に「自動運転車」を取り上げ、機械と人間の相克について考えたが、自動運転車の中核技術であるAIも、いま何度目かのブームを迎えている。AIをテーマにした本がベストセラーになり、AIの能力が人間を超える「シンギュラリティ(技術的特異点)」というキーワードが飛び交っているのだ。

 だが、この議論はこれまでも繰り返されてきたことである。かつてはチェスでコンピューターが人間に勝てるようになることをシンギュラリティと呼んで一つのエポックとしたが、今やチェスより手順数の多い将棋でもコンピューターが勝てるようになり、残るは囲碁という状況だ。いずれ囲碁でもコンピューターが勝てるようになるだろう。

 とはいえ、どれほどAIが発達しても“人間の能力を超えられない壁”は残る。なぜなら、AIは人間がプログラミングをしなければならないからだ。チェスも将棋も囲碁も限られた盤面で限られた駒や白と黒の碁石しかなく、互いの手の内(情報)はすべてオープンになっている。

 一方、自然界には無限の空間、無限の色、無限の情報がある。その中で人間は周囲の状況を踏まえ、情報を取捨選択しながらフレキシブルに発想や意思決定をしているわけで、そうした能力はデータに基づいたプログラムによって推論していくAIとは本質的に異なる。

 無論、昨今のAI技術の進化には目を瞠(みは)るものがあり、AI自身が学んでいく「ディープラーニング(深層学習)」なども話題になっている。冒頭の自動運転をはじめとする科学技術だけでなく、ジャーナリズムや金融の分野でもすでにAIが人間の代役を担うようになっている。“進化”したAIで置き換え可能なことは任せればよいし、それによって1人の人間にできることは飛躍的に広がるだろう。

 しかし、だからといって、AIが全面的に人間に取って代わることはあり得ないと思う。

 たとえば、ホンダの二足歩行ロボット「ASIMO(アシモ)」は、今年3月に来日したドイツのアンゲラ・メルケル首相と会った時、握手を求められたのに反応しなかった。おそらくメルケル首相の動きが想定外のものだったのだろう。

 また、ソフトバンクの孫正義社長は自社イベントでロボット「ペッパー(Pepper)」を宣伝した際に「パーソナルコンピューターの次はパーソナルロボットの時代がやってくる」と述べたが、どう逆立ちしてもペッパーに孫さんのような発想や意思決定はできないと思う。なぜなら、孫さんのビジネスは「1勝14敗」の世界だからである。

 つまり、孫さんは独特の瞬間的な閃(ひらめ)きや嗅覚でこれまで数多くの企業買収や投資を手がけてきたが、実は無駄玉が多く、成功した案件は極めて少ない。しかし、当たったボールがヤフーやアリババなどの満塁ホームランになったので、現在のソフトバンクがあるわけだ。

 しかし、AIに孫さんのような勝負勘や運はないし、「14敗」の部分を許容することもできない。だから、いくらペッパーが進化してもシングルヒットがせいぜいで、孫さんのような特大の一発は打てないと思うのである。

 また、AIはホリスティック(包括的・鳥瞰的)な考え方をしたり、想定外の事態が起きた時に咄嗟(とっさ)の判断をしたりすることが難しい。前例のない問題や論理的にたどり着かない問題について思考することが、AIは非常に苦手なのだ。

 私自身もボーダーレス経済や地域国家論などの新しい考え方を少なからず提示してきたが、全く関係のないものを結び付けてそれらを思いついた瞬間の閃きのようなものは、コンピューターが真似できるようにはならないと思う。

※週刊ポスト2015年12月11日号