午後5時を過ぎて太陽が西に傾くと、アブダビの空はオレンジ色から濃紺、紫、漆黒へ刻々と色を変えていく。F1マシンたちがフロアを路面にヒットさせるたび、飛び散る火花はより鮮明に見え始める。19戦で唯一のトワイライトレースの魅力は、その"マジックアワー"にある。

 なかでも派手に火花を散らしていたのが、マクラーレン・ホンダの2台だった。火花どころか、ずっと床下から火を噴きながら走っているように見えるほどにだ。

 どのマシンも、高速のストレート区間後半では火花を散らしている。それは、わざとフロアの先端を路面にこすりつけて床下へ気流を流さず、ダウンフォースも空気抵抗もカットしてしまおう、という車高セッティングを施しているからだ。コーナー旋回中は床下に気流を流してダウンフォースを得て、ストレートで車速が上がるに連れてダウンフォースがさらに増し、車体が押しつけられて沈み込むと床をこするという「絶妙の車高」に設定する。

 つまり、ダウンフォースが必要ないストレートでは路面にこすり、ダウンフォースの必要なコーナー区間ではこすらない――。それが、理想的なセッティングだ。しかし、マクラーレンの2台はコーナー区間でも、派手に火花を散らしていた。これでは、床下のダウンフォースが抜けてしまう。

 FP-1(フリー走行1回目)と決勝でフェルナンド・アロンソのERS(エネルギー回生システム)のバッテリーパック内センサーにトラブルが出たのは、いつもより多く車体底面を路面に打ち付けたせいだった可能性が高い。バッテリーパックは床下にほど近い、モノコック底面に設置されているからだ。

「いろんな試行錯誤を重ねた結果、『このセッティングに落ち着くのが最善』だという結論になった。これまでずっとやってきた"ハイレイク"をやや緩め、脚回りを柔らかくした。そのせいで、あれだけ火花が出ることになったんだ」

 マクラーレン・ホンダのある関係者はそう語る。

 常に車体を前傾姿勢にし、マシン全体をウイングのようにして走る。それがレイク(傾斜)を大きくつけた状態――つまり、"ハイレイク"だ。今季のマクラーレンはレッドブルから空力エンジニアを引き抜き、彼らが長年にわたって成功を収めてきたそのハイレイクの手法を模倣した。

 しかし、空力コンセプトを完全に刷新したことにより、昨年までのデータはほとんど使えなくなり、チームは今季型マシンをモノにするのに試行錯誤を強いられることになってしまった。

「僕らはパワーユニットだけなく、空力面でも進歩が必要だ。今年の僕らはハイレイクをつけた新しいアイディアの空力フィロソフィーを導入したから、まだそれを十分に使いこなせていないんだ」(ジェンソン・バトン)

 車体を前傾させることで、前面投影面積は増え、空気抵抗も大きくなる。すると、スピードは伸びない。その代わりにダウンフォースを得て、コーナーの速さでタイムを稼いでいるのがレッドブルだが、マクラーレンにはそれもできていなかった。

「今年のマシンは完全刷新型だったけど、来年型マシンはこのMP4-30の正常進化型になる」(バトン)

 だからこそチームは、来年型に向けたテストパーツをアブダビに持ち込み、実験的なデータ収集を行なった。その甲斐もあって見えてきたのが、"今回の落としどころ"だったのかもしれない。

 金曜フリー走行のデータをもとにセッティングをガラリと変えたジェイソン・バトンは、土曜日から見違えるような走りを見せた。今季初のQ3進出(※)はならなかったものの、0.186秒差という僅差で予選12位となった。フェルナンド・アロンソは破片を踏んでパンクしてアタックできなかったものの、「Q3進出」という純粋な速さでのトップ10圏内は目の前まで見えていた。

※予選はQ1〜Q3まであり、Q2に残るのは上位15台、Q3は上位10台。

「チーム全体として、今日はかなり良いところにいけるんじゃないかという気持ちで送り出しましたし、あの勢いでいけば今年初めてQ3に届くんじゃないかという気がしていたので、無線で『パンクだ』という声が入ってきたときには、みんながガクッと肩を落としました」(ホンダ・新井康久F1総責任者)

 決勝では、スタート直後の1コーナーでイン側・アウト側と立て続けに接触したアロンソがウイングを壊してピットインを余儀なくされ、ポイント争いの可能性は断たれてしまった(結果は17位)。しかし、バトンはトロロッソ勢やザウバー勢と戦いながらポジションをキープし、最後はストレートの速いウイリアムズのバルテリ・ボッタスを抑え切って12位でレースを終えた。

「今日は今季のベストレースだったね。あれだけ速いウイリアムズをストレートで抑え切れたのはビックリだったし、他車とのバトルではオーバーテイクもできた。クルマは今季でベストな状態だったし、久しぶりに楽しんでドライビングできたんだ。僕のこの表情を見てもらえればわかると思うけどね。冬の間にもっと改良しなければならないけど、楽しみだよ。来年はもっと上位で戦えると期待している」

 パワー不足だけに限らず、マシンの挙動でも厳しい戦いを強いられ続けたシーズンだったが、最後になってようやくドライバーたちの表情にも笑顔が戻ってきた。

 ちょうど1年前のここアブダビで、新生マクラーレン・ホンダとして初めての公式テストに参加したときには、トラブルが相次いで2日間でたった5周しか走ることができなかった。

「今シーズン中は現状のパッケージを変更できない以上、結果を望むことは現実的ではないが、内容として、この1年の成長を証明できる仕事をしたい」

 最終戦のアブダビGPを前に新井総責任者がそう語っていたとおり、チームは1年目の最後にシーズンを締めくくるにふさわしいレースを見せた。

 さまざまなことが起きた1年が終わり、新井総責任者は「苦しさのなかであっという間だった」と振り返った。そして、わずか3ヶ月半後にふたたび幕が上がる、2016年シーズンでの雪辱を誓った。

「ファンのみなさんには応援していただいて感謝していますし、結果が伴っていなくて声援に応えられていないとも思っています。それでも、温かい声援をいただいてありがたいと思っています。勝負事なので、ファンのみなさんから厳しい声があるのも当然ですし、それは期待の裏返しでもあると思います。誰だって負けると思って挑んでいっているわけではありません。来年はより良い成績になるようにがんばります。今はそう言うしかないと思っています」

 こうして、マクラーレン・ホンダの1年は終わった――。しかし、彼らはすでに次のチャレンジに向けた準備に取りかかっている。このアブダビのトワイライトのなかで、復活への片鱗と光明は十分に見せてくれたのだ。

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki