蛭子能収曰く「金持ち話が自慢にならないのと同じように、貧乏話だって自慢になりませんよ_

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蛭子能収が『論語』を、編集者に言われるまましぶしぶ読んでみて、それにコメントをつけていく語り下ろし形式の新書が『蛭子の論語 自由に生きるためのヒント』


知る者より楽しむ者がイケてる


・子曰く、之を知る者は、之を好む者に如かず。之を好む者は、之を楽しむ者に如かず。(雍也第六 二〇)
【編集部訳】〔…〕その物事を心底楽しんでいる人にはかなわない。〔…〕

ここを受けて、蛭子さんは自分の趣味である映画について、こう言っている。

〈映画というものを詳しく知っているのではなく、単に映画が好きなだけ。もっと言うならば、単に好きなだけでなく楽しんでいるだけかもしれない。この『論語』、まさに僕の映画との付き合い方そのものです〉

たしかに、僕の趣味である小説にひきつけても、「小説を知っている人」と話をするのは退屈なことがよくある。
「小説を楽しんでいる人」のほうがイケてるし、そういう人と小説の話をするのは楽しい。
さらにこれを敷衍して(蛭)子曰く、

〈僕にだってストレスを感じる仕事現場はあるし、どこの家庭にもある悩みごとだってある。〔…〕変な話、生きているからそういうことが起こるのであって、ストレスや悩みごとすら楽しいことじゃないですか。
〔…〕楽しんでいれば、人生なんとかなる──。僕はそのことを声を大にして言いたいな〉

「命懸け」はホントに生きるか死ぬかのときだけ


そんな蛭子さんでも、『論語』に始終同意するイエスマンではない。

・子曰く、朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり。(里仁第四 八)
【編集部訳】朝、世の中の真実がわかったならば、その日の晩に死んでも悔いはない。

〈この孔子さんの考えには少し反論したい“蛭子”がいます〉
〈松岡〔修造〕さんのような、突き抜けてしまった人は別として、〔…〕「命懸けで何かをする」のは、それをしなければ、自分が死んでしまうときだけでいい〉

確かに、〈命懸け〉って、文字どおりそういう意味だもんなー。

プライドを守って死んじゃつまらない


・吾少きとき賤し。故に鄙事に多能なり。(子罕第九 六)
【編集部訳】少年時代貧しかった経験があったからこそ、今になって多くのことができるのだ。

この考えに一定の理解を示しつつ、(蛭)子曰く、
〈金持ち話が自慢にならないのと同じように、貧乏話だって自慢になりませんよ〉

そう言いながら、蛭子さんは長崎の貧しい漁師の家に育った少年時代を回想したりもする。
隣家の老人があるとき家を訪ねてきて、〈これを買ってくれませんか?〉と、自分が来ているコートを売ろうとした。
蛭子さんの母親が断ると、翌日、その老人が首を吊って自殺した。

〈お金が一銭もなくて本当に困り果てていたんでしょう。〔…〕
「もう明日のご飯を食べる金もないので、ちょっと貸してもらえませんか?」
って正直に言っていれば、うちの母親はきっとお金を貸したはずなんです。
 でも、〔…〕人間というのは、そこまで追い詰められても、見栄やプライドが邪魔して、開き直ることができない〔…〕。
それで結局は死ぬことになってしまうなんて……〉
〔引用者の責任で改行を加えた〕

このご老人のようなプライドが、自分のなかにも棲みついていないだろうか?

言うべきことを、言うべきときに言う


・子曰く、与に言う可くして、与に言わざれば、人を失う。世に言う可からずして、之と言えば、言を失う。知者は人を失わず、亦言を失わず。
【編集部訳】言うべきことを、言うべきときに言うのが、賢人たるものである。

蛭子さんはほんとは、ニュースやワイドショウのコメンテイターの仕事をしたいのだという。
しかし、なにを言いだすかしれないキャラなので、生番組での起用を自分は避けられているのではないか、と自己分析するのだった。

これで思い出したのは20年前、地下鉄サリン事件などでオウム真理教が騒がれていた年の夏のこと。
民放でプライムタイムに放送された番組で、オウム関連の取材VTRにスタジオで芸能人や弁護士がコメントする形式のものがあった。蛭子さんも出ていた。
その番組が収録だったか生だったか忘れたが、あの当時は刻々と変わる捜査の結果を受けて、民放もNHKもナマのオウム関連の緊急特番をこぞって作っていたように思う。

VTRで、「オウムとは対照的に平和なコミュニティ」の例として、なぜかヤマギシ会が取り上げられていた。
ヤマギシ会はのちに、オウムと並んで村上春樹『1Q84』に出てくるカルト「さきがけ」のモデルになったのではないかと言われている。
あきらかにヘンな番組だ。もちろん当時観ていてもヘンだった。


ところが、徳光和夫さんをはじめとする出演者は
「オウムと違ってこういう平和な共同生活もあるんですね」
的なコメントを台本どおりやっていた。

そこでいきなり(蛭)子曰く、
「いやこれ、不自然でしょう? ヘンですよ!
徳光さん、こんなの褒めたらダメですよ!」
蛭子さんがあっさり斬り捨てたので、スタジオがそれこそヘンな雰囲気になった。

いまでもよくこれを思い出す。
あのとき蛭子さんは、スタジオで〈言うべきことを、言うべきときに言〉った。
TV番組の多くは、あらかじめ結論を用意して作るものなので、「ナマ番組なら蛭子はやめとけ」と、番組制作者は思ったことだろう。

鋭い蛭子さん、困った蛭子さん


とはいえ、そこは蛭子さんだ。本書では上記のエピソードは挙がっていない。
むしろ、空気を読んだつもりで最凶の選択をしてしまった例が挙がってる。

レギュラー出演している人気シリーズ『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』(テレビ東京)の20回記念番組で、歴代マドンナ(太川陽介さん、蛭子さんといっしょに出演してきた女性タレント)が勢揃いしたときのこと。
「どのかたとなら、もう一度旅行したいですか?」と訊かれて、「どの名前を挙げてもほかの人に角が立つ」と考えて(蛭)子曰く、

〈なるべく若い人がいいです〉

全スタジオが批難轟々だったという。どっちに向かって気づかいしてるんだか……。
(ちなみに僕だったら加藤紀子さんがいいです)


本書では、こんなホッとする、あるいは笑える『論語』解釈だけではなく、

・泣いたからといって面白い映画とは限らない
・40歳にもなったら自分を受け入れたほうが楽
・仕事が終われば協調性は捨てる
・反省なんてしなくていい
・僕には“友だち”と呼べる人はいません

など、極限まで割り切った、宇宙人的な「怖い蛭子さん」も見ることができる。
(千野帽子)