水木しげる漫画があったから、この世界に「自分がいてもいいかもしれない」と思えた

写真拡大

水木しげるさんが亡くなった。たくさん「死」や「死後のこと」について描かれた方なので、「ご冥福をお祈りします」でいいのか、ちょっと分からない。とにかく、「ありがとうございました」という気持ちだ。


かなり色々なものを、こんなにたくさん作って残した。未来の人にも読まていくだろう。

人間が死んでも、その人が作ったものが残ってくれて、本当にありがたい。残ってくれなかったら本当にやばい。歴史を変えた発明とか法律だけじゃなくて、漫画だってそうだ。水木漫画なんて、とくに僕はそう思う。

水木しげるは手塚治虫みたいな「漫画のスーパーエリート」って印象が薄い。戦争や貧乏で苦労しまくったイメージが強くて、絵も独特だから、なんとなく「王道じゃなくてもいいんだ」という勇気がもらえる感じがある。「本当はどうか」は別にして。

鬼太郎も悪魔くんも、スーパーヒーローって感じじゃない。薄汚れてたり、お小遣いも少ない(たぶん)。いじめられたり弱さを持った悪魔くんの仲間たちが集まる「見えない学校」も、フリースクールみたいな雰囲気を僕は感じてた。なんかそういう「僕だって!」感が良い。

そんな水木漫画のおかげで「変わった漫画」を作る道に進んだ人も多いと思う。たとえば、勧善懲悪も感動スポーツも、刺激的恋愛とかもないような漫画。そういう漫画を描く人にとっては、「世の中に多様性があって、変わった場所からでもうまくいった先生がいる」って、本当に心強い。

もちろん「鬼太郎みたいな大ヒット作品が作れる可能性が自分にも!」ってことじゃない。「変なもの」って、その存在を認めてもらえないと、ただ作ってるだけでも心が削れる。だから水木漫画みたいなのはすごく心強くて、「自分がいてもいいかもしれない」「自分の好きなものを好きなままで大丈夫だ」って思える。僕も、心の支柱のうち一本は水木漫画だ。

兵庫県の神戸市に、水木通りっていう場所があって、水木しげるの「水木」の由来だ。僕は25ぐらいの頃、その通りのアパート1つ裏、中道通りっていうところに住んでた。彼がここに住んでいたのも僕と同じ頃だった。

だから自然と、頻繁に水木しげるの人生を思い浮かべたりしていた。彼は戦争で腕を失って日本に戻って、画家を諦めたり、紙芝居や貸本で食べられなくなって漫画に至った。ままならないことばかりだけど無鉄砲なわけでもないし、彼の人生はとても参考になった。

「マイペース」という彼の有名なイメージについてもよく考えてた。彼のマイペースは、「頑固」「執念」、強く自分を持って「嫌なものは嫌だ」と突っぱねる精神と一式な気がする。僕も自分でいるために、「自分らしくないもの」を避けたり、「自分を脅かすもの」から逃げたりするのは大事だなと思う。そう思うことは、今でも多い。

思うことはたくさんあるけど、とにかくまず第一に、今は「ありがとうございました、これからも作品にお世話になると思います」という気持ちだ。

水木作品は、いろんな出版社から様々なまとめ方をされてて僕は混乱することもあるけど、もし自伝的なものなら『完全版 水木しげる伝』が僕のおすすめだ。講談社から文庫で出ていて、ほどよい長さで、入手もしやすいと思う。
(香山哲 イラストも)