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●生きものに名前を付ける 「分類学」
「テヅルモヅル」という生きものをご存知だろうか。知らないかたはまず、画像や動画を検索してみてほしい。思わず声をあげてしまいそうになるくらい奇妙な形をしていることがわかると思うが、この不思議な生きものに着目し、これらを「分類」しているという研究者がいる。日本で唯一のテヅルモヅル研究者、茨城大学 理学部 生物科学コースの岡西政典 助教の研究室にお邪魔して、存分にテヅルモヅルへの愛を語っていただいた。

○生きものに名前を付ける「分類学」

―岡西先生のご専門である「分類学」とはどういう学問なのでしょうか。

ひとことで言うと、「生物に名前を付けて人間が認知しやすいようにする」というものです。「生きものの名前なんて、すでにほとんど付いているのでは」と聞かれることもありますが、名前が付いている生きものは現在約200万種ほどです。生物は見つかっていない種をあわせると、少なく見積もっても1000万種はいると言われています。

現在のような形式で生きものに名前を付けるという試みが始まってから250年ほどになりますが、仮に1000万種の生きものがいるとすると、単純計算ですべての生きものに名前を付けるにはあと1000年掛かることになりますよね。生物の分類というのは、まだ人類ができていないことのひとつなのです。

―250年前、生きものに名前を付けるという試みを始めたのは誰なのですか。

スウェーデンのカール・フォン・リンネという生物学者です。リンネは「二名法」という生物の種の命名方式を科学の世界で提唱しました。二名法では日本人の苗字と名前のように、ラテン語で属名と種小名を組合せて名前を付けます。この方法がとても画期的だったんです。

大航海時代を経て世界中からさまざまな生物がヨーロッパに集められていた当時は、たとえば「灰色の、毛が長いオオカミ」といったように、その特徴をもとに名前をつけており、ほかの似た種と区別する際に特徴をどんどん名前に追加していきました。しかし生物によっては名前がどんどん長くなり、また種の定義が変わったときに名前との対応がつかなくなったりするので、わけがわからなくなってしまった。これを二名法にすることで、生物の分類がすっきりわかりやすくなったのです。

動物の場合、属名はすべて登録されているので、新種の名前を付けるときは属の中の種名を必ず検索し、同じ名前が生まれないようにします。たとえば、私たち人間はヒト科ヒト属に属する「賢い人」という意味の「ホモ・サピエンス」という名前になりますが、最近「ホモ・ナレディ」というヒト属の化石種が発見されて話題になりました。

○謎の深海生物「テヅルモヅル」とは

―分類学のなかでも、岡西先生は特に「テヅルモヅル」という深海生物に着目されているそうですが、いったいどんな生きものなのでしょうか。

名前のとおり、変な生きものです(笑)。見た目でいうともじゃもじゃしていますね。

―この「もじゃもじゃ」の正体は何ですか。

「腕」ですね。テヅルモヅルは分類学的にいうと「クモヒトデ網」というグループに入ります。ヒトデとは腕の骨格がぜんぜん違います。

クモヒトデは、腕が細くてくにゃくにゃしているのが特徴です。また、真ん中の「ディスク」と呼ばれる箇所が腕と明瞭に区別できますが、ヒトデは区別できません。ただし、この分け方だとクモヒトデっぽいヒトデもいるし、その逆もいます。

本質的な違いは「溝」にあります。腕の口側に「歩帯溝」という溝があればヒトデ、なければクモヒトデです。この構造は、彼らの動きにも関係してきます。ヒトデは溝から小さい足のような管足(かんそく)が伸びているため、腕をあまり動かさずに海底を移動しますが、クモヒトデは腕そのものを使って移動します。現状の分類は、腕の構造を上手く反映させた分け方になっています。

―なるほど。テヅルモヅルは、クモヒトデ網のツルクモヒトデ目というグループに属した生きものであるということですね。テヅルモヅルにはどれくらいの種類がいるんでしょうか。

ツルクモヒトデ目は現在185〜6種ほど発見されており、その中で腕が分岐するテヅルモヅルは63種ほどが知られています

―そんなにたくさんの種類がいるんですか! どういうところに生息しているんですか。

深いところの種数が圧倒的に多いのですが、浅いところにもいます。特に水深がいきなり深くなる海丘や海山の頂上などの、流れのある潮通しの良いところに生息しています。餌となるプランクトンが流れてくるためですね。

―実際にご自分で捕まえることもあるんですか。

はい、船に乗って網で捕獲します。しかしテヅルモヅルが生息するような場所は、岩肌がむきだしでゴツゴツしており、漁具を落とすとひっかかったりなくなったりするので、調査が難しいです。海流を計算して地底網を使って採集をすることもありますが、たとえば海山の西側ではまったく採れなかったのに、東側からはたくさん採れたといったことがあります。深海の調査は何回やっても新しい結果が出てきますね。

●テヅルモヅル研究者の密かな野望とは
○テヅルモヅル研究の難しさ

―テヅルモヅルを集めて、その形を観察して分類していく、というのが岡西先生の研究の流れなんですね。研究において、何か課題などはありますか。

大学院生のころには博物館で研究をしていたのですが、この場合、主に標本を利用してテヅルモヅルの形を見ていきます。しかしこれでは、死んだ生きものの形しか見ていないことになりますよね。私は、彼らの“生きざま”……動きや行動、生活様式なども分類の指標になるのではと考えています。たとえば、砂の上にいるのか、岩の下にいるのかといった情報は、その生物がどう進化してきたかということにも関係してきます。

―なるほど。実際に飼って観察してみるということはされているんでしょうか。

テヅルモヅルを飼育するのは、水温の関係で非常に難しいです。死ぬとバラバラになってしまうんですよね。上手く飼っている方もいるらしいのですが……。テヅルモヅルの腕は不等分岐といって腕が不規則に分岐していたり、主軸があってそこから分かれていたり、さまざまな分岐のパターンがあります。もし、生きているモヅルを見ることができれば、ものに絡む腕、プランクトンをつかむ腕など、それぞれの腕の役割がわかるのではと考えています。標本からでもある程度は判断できるのですが、やはり生きているものを見るのがわかりやすい。

―形や生態から判断するだけでなく、DNA解析などの手法も用いることもあるんですか。

もちろん行っています。テヅルモヅルのうち85〜6種はDNA解析をしていますね。DNA解析では主に、呼吸やタンパク質合成にかかわる遺伝子を見ています。この遺伝子はどの生きものも持っているものなので、ほかの生物と比較しやすいというメリットがあります。

○テヅルモヅル研究者の野望とは

―岡西先生はクラウドファンディングで「キヌガサモヅル」の分類に関する研究資金を集められていましたよね。その後、何か新しい発見はありましたか。

あのプロジェクトでは、キヌガサモヅルが本当に1種であるのかどうかを調べました。私は、色や形の違いからキヌガサモヅルは2種以上に分けられるのではと予想していましたが、当時はキヌガサモヅルにしか分類できなかったんです。研究の結果、やはりそれ以上の種がいるということがわかりました。

今回ははじめから形が違うと思っていたので、DNA解析によって種が異なるということを明らかにできました。しかし最近ではとりあえずたくさん採ってきて、まずDNA解析をしてみるという研究もあります。ただ、そういった研究のなかには生物の形が示されていないものもあり、形の違いも検証してきちんと名前を整理すればよいのに……と思ってしまうことがあります。とにかく私は「分類したい」という気持ちをモチベーションに研究を行っているので、形の特徴も、飼ってみたときの特徴も、DNA解析の結果も、すべてを分類に持ち込めればと考えています。

―研究者としての人生を歩んでいくにあたって、夢や目標はありますか。

あまり考えたことはなかったですが……クモヒトデ全体の系統分類はなんとかしてやりたいと思っています。現在は、オーストラリアのチームとも競争しているのですが、日本は生きものが多いので我々にできることはたくさんあります。クモヒトデはあまり知られていない生きものですが、生物量も多く、狭いところに生息できるので、海の環境を考えるうえでとても重要な生きもののはずです。

海の生きものは、ほかの生物に比べて飼育しにくく研究が進んでいません。私の役割は、まずクモヒトデの系統分類をして、メジャーにすること。さまざまな研究に用いられる「モデル生物」と呼ばれるもののひとつにまで持っていきたいという野望があります。これからも研究を進めて、クモヒトデの行動や生態に関する知見を積み重ねていきたいですね。

(周藤瞳美)