今年10月の世界体操選手権では、補欠からの繰り上げ出場ながら、2009年に鶴見虹子(日体大)が獲得した個人総合3位以降、日本女子の最高位となる個人総合6位という成績を残した村上茉愛(むらかみ まい/日本体育大学)。彼女にとって、11月28〜29日に行なわれた全日本体操団体選手権は、いわば凱旋試合だった。

 団体戦ではあるが、連覇を狙う日体大の中心選手として村上は、4種目すべてに出場し、日体大の連覇達成に大いに貢献するはずだった。

 ところが予選の日、村上はアクシデントに見舞われる。

 1種目目の跳馬では、14.950を叩き出す素晴らしい跳躍を見せたが、段違い平行棒の直前練習のときからかなり痛そうな表情を見せるようになる。なんとかこらえて段違い平行棒には出場し、演技もまとめたものの、平均台の出場は見合わせることになってしまった。出場した種目の演技はどちらも十分期待に応えるものだったが、表情は冴えず、世界選手権のときのハツラツとした村上とは別人のようだった。

 しかし、翌日の決勝では、再びあの明るさを取り戻していた。予選同様、エントリーは跳馬と段違い平行棒の2種目だけだったが、日体大の第1種目第1演技者として登場した跳馬では、14.850のハイスコアをマーク。この得点は、終わってみれば出場選手中最高得点だった。

 続く段違い平行棒でも、日体大の第1演技者を務め、13.850と後続の選手に勢いを与える演技を見せた。

 日本人離れした高難度のゆかの演技で一躍注目された高校生のころの村上は、得意種目のゆかと跳馬では躍動するものの、苦手な平均台と段違い平行棒では演技がぎこちなくなり、ミスもよくする選手だった。しかし、今では段違い平行棒でも彼女の持ち味である弾けるような躍動感あふれる演技をするようになった。体線やさばきも美しくなり、それでいてダイナミックさも健在な、オールラウンダーに成長したのだ。

 今大会、村上は2種目しか出場できなかったが、先輩たちがその穴をしっかりと埋め、日体大は優勝。見事、連覇を達成した。

 試合終了後の会見で村上は、「日体大としての初めての団体戦で、絶対にミスはできないという緊張はあったけど、最初の跳馬でいい流れを作ることができて、最後の(永井)美津穂さんのゆかまでチームとしていい感じで終われてよかった」と、1年生らしく、チームの一員としての役割を果たせたことを喜んだ。

 さらに、「今回はチームに貢献できなかったけど、今やれることはしっかりやれたと思う。来年は貢献できるようにしたい」と、早くも次のシーズンに向けての意欲を見せた。

 よくも悪くも村上は感情がストレートに表に出るタイプの選手だ。調子が悪い、気分が乗っていないなどが表情や動きに出てしまう。

 今年4月の全日本選手権では、どん底だった村上。動きにキレがなく精彩を欠いていた。結果、ミスが相次ぎ目標としていたはずの"世界選手権代表"に入ることが難しい順位まで落ちてしまった。

 その後、日体大の瀬尾京子コーチからの叱咤激励もあり、5月のNHK杯で立て直してきて、なんとか第2補欠に入るところまで復調した。ここでの立て直し成功が、負傷者続出でピンチに陥った日本を救う世界選手権での劇的な活躍につながった。

 今大会で2種目しか出場できなかったことは、非常に悔しかっただろうが、予選の日の沈んだ表情を、決勝の日は一度も見せなかった。フロアの外にいても、1年生として自分ができる限り貢献をする、という決意の表れだったのだろう。常に笑顔で、大きな声を出して、チームを盛り上げようとしている村上の姿がそこにはあった。

 日体大のみならず、日本を背負い、引っ張っていく選手だという自覚が芽生えてきたのかもしれない。

 さらに、この決勝の日は村上にとって、日体大の4年生であり主将の鶴見の引退試合という、特別な日だった。

 今年5月にアキレス腱断裂をした鶴見は、足に負担のかかる種目ができないため、「5月の時点で引退も考えた」という。しかし、周囲の説得もあり、『日体大の主将として、この団体選手権まで段違い平行棒だけはやる』と思い直し、手術後のリハビリにも励み、1種目だけの練習を積んできた。予選では15.200という異次元のハイスコアを出し、決勝で有終の美を飾って欲しいと周囲も願っていたが、残念ながらミスが出てしまった。

 それでも、笑顔でチームの優勝に向かって、仲間を鼓舞し続ける鶴見の姿に村上は、これからの自分のあるべき姿を見ていたようだ。

 14歳で全日本チャンピオンになり、6連覇を果たし、世界選手権のメダルも獲得した偉大な先輩を、「ずっと雲の上の人」だと思っていたという。それが、日体大に入ると同じ体育館で練習するようになり、その無駄のない練習ぶり、ストイックさなどに学ぶところが多かったという。

 その鶴見が、引退してしまうことによる村上の喪失感は大きいだろうが、「自分も鶴見選手みたいになれるように」という決意はさらに強固なものになったはずだ。

 世界選手権でついた自信と、鶴見の引退により自覚が芽生えた。

 2015年は村上を大きくジャンプアップさせる年となった。来年のリオ五輪では、チームの中核として躍動する姿を、そして世界選手権で見せた、あの『BIG SMILE」を再び見せてほしい。

椎名桂子●取材・文 text by Shiina Keiko