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今年12月には、宇宙ファンにとって注目すべきイベントが2つある。小惑星探査機「はやぶさ2」の地球スイングバイ(12月3日)と、金星探査機「あかつき」の金星周回軌道投入(12月7日)である。特に「あかつき」は5年前に一度失敗しており、今回がラストチャンスとなる。なんとか成功して欲しいところだ。

ところで、報道などではどうしても宇宙航空研究開発機構(JAXA)ばかりに注目が集まってしまうのだが、宇宙開発を陰で支えているのがメーカーである。この両探査機の製造を担当したメーカーはNEC。同社は、日本初の人工衛星「おおすみ」以来、多くの衛星・探査機を手がけてきたメーカーだ。

NEC側で、「はやぶさ2」と「あかつき」のプロジェクトマネージャを務めているのは、宇宙システム事業部プロジェクト推進部の大島武氏(49歳)。今回、大島氏に両探査機の状況や、プロジェクトマネージャの業務について、話を聞くことができた。あまり表に出てくることがない衛星メーカーの仕事というのは、どんなものだろうか。

(※筆者の都合で掲載が遅くなりましたが、このインタビューは9月16日に行いました。発言は当時の状況にもとづいているので、2カ月ほどタイムスリップして読んでもらえれば幸いです。)

○目指すのは「こんなこともあろうかと」が無い運用

--両探査機のプロジェクトマネージャを兼務しています。2つのイベントが、たった4日しか離れていないのは大変そうですね。

担当メンバーは一部重なっていますが、基本的に「はやぶさ2」の地球スイングバイは、事前に行う軌道決定と軌道の微調整が最も重要な運用で、スイングバイ前後は、地球に近づくチャンスを捉えた運用が主体となります。それに対して「あかつき」の運用は、当日の軌道制御運用が全てを決める最も重要な運用です。2つの探査機の運用は、イベントでの運用の性格がかなり異なるため、それぞれに適した人員で準備を行っています。

「はやぶさ2」は地球スイングバイの後、小惑星とのランデブーに向け、イオンエンジンの運転率も上がりますので、その準備を入念に行います。一方、「あかつき」は今回のイベントが金星周回軌道への投入の唯一のチャンスであるため、このイベントに向けて集中的な準備をしています。

--「あかつき」の軌道投入へ向け、現在はどんなことをやっているのでしょうか。

金星到着までに軌道の微調整があり、これも非常に重要な運用です。ただ計画通りにいかないことがあったとしても、時間的には修正を行う余裕があります。やはりポイントとなるのは12月7日ですね。そのときにどういう運用をするのか、ということを検討しています。

計画通りにいかない場合にどうやってリカバリするか、contingencyプラン(対応策)も考えています。様々なケースが考えられますので、作業量は正常ケースのみの検討に比べ、何倍にも増えていきます。

--せっかく検討した様々なケースも、成功すればその努力は表には出てこないんですよね。日の目を見るのはトラブルが発生したときだけで。

はい。ただこれは多かれ少なかれ、どのプロジェクトでも重要な運用に対しては必ずやっていることです。例えば衛星の場合は、打ち上げ直後の第一可視で何をやるか、いろいろなケースを想定して、それに対応したコマンド列を用意しておくとか。

成功したら確かに表には出ませんが、それはむしろ望むところです。「備えをすればするほど、備えたことは何も起きない」とよく言われますし、そのような努力は、活用できる場面はあって欲しくないわけなので。

--火星探査機「のぞみ」も「あかつき」も惑星周回軌道への投入に失敗。今回成功すれば日本初となりますが、やはり惑星探査は難しいですね。

「はやぶさ2」のような小惑星ランデブー/タッチダウンと、惑星周回軌道への投入は、難しさの性質が大きく異なります。「はやぶさ2」のタッチダウンでは、何か問題があった場合でも、一度退避してやり直すことが可能ですが、多くのケースを想定した複雑な運用準備が必要となります。一方で、惑星周回軌道への投入は、時間的余裕が全く無いところで、確実に成功させなければならない。そこが難しいところです。

--今の心境は。

当日は緊張感があるでしょうが、今はまだ落ち着いて粛々と準備を進め、その日に備えたいと思っています。

--ちなみに大島さんは前日には普通に寝られるタイプですか?

寝られるタイプです。当日は寝たくても寝られないかも知れませんので。

○メーカーのプロマネに求められる役割とは?

--NECへの入社は1990年ですね。最初の仕事は何でしたか?

JAXAの「宇宙実験・観測フリーフライヤ」(SFU)に搭載した「GDEF」(Gas Dynamics Experiment Facility)という装置の開発でした。ダイヤモンドは通常、高温高圧下で作られますが、微小重力下ではプラズマ低圧環境で薄膜ができます。実験は成功して、装置は、JAXAの若田光一宇宙飛行士により、スペースシャトルで回収されました。

「GDEF」は、私が入社したときにはもう設計は大体終わっていました。私が設計から関わったのは、「のぞみ」や「LUNAR-A」(月探査機:2007年にプロジェクト中止)あたりですね。

「のぞみ」では、観測装置などに組み込まれているCPUボード(SICPU)を開発しました。そのほかカメラ関係では、「のぞみ」の火星撮像カメラ(MIC)や「LUNAR-A」の月撮像カメラ(LIC)のデジタル系も担当しました。私は電子工学科出身で、会社ではデジタル系の部署にいたので、コンポーネント全体のまとめや、デジタル系の設計が主な仕事です。FPGAの中の回路設計も行っていました。

地球周回中の「のぞみ」が、MICを使って地球と月の見事なツーショットを撮影した時には非常に感動しました。この写真は大きな話題になり、天文年鑑にも掲載されたのは良い記念になりました。ただ本当は火星を撮るためのカメラだったので、周回軌道に入って火星を撮れなかったことが残念です。

--1996年には、「はやぶさ」初号機のシステムマネージャに就任していますね。

入社してから6年間は機器担当でしたので、探査機システムについては分からないことも多くて大変でした。しかし、これはもともとやりたかった領域だったんです。いつかは探査機システム全体に関わりたいとずっと思っていました。

--「あかつき」では最初システムマネージャで、2007年からはプロジェクトマネージャに。両マネージャの仕事の違いは?

プロジェクトマネージャの仕事は、いわゆるQCD(品質、コスト、納期)の管理です。このQCDに密接に絡んでくるため仕様についても判断しますが、やはり大変なのはプロジェクトをうまく進めることですね。社内メンバーを動かしたり、JAXAと調整したり。技術的なところからは少し離れてしまうので、システムマネージャ的な仕事がしたくなる時もありますが、プロジェクトマネージャの方が自分の裁量でやれる範囲は広がります。

--JAXAとメーカーの役割分担はどうなっているのでしょうか?

実用衛星と科学衛星で違ったりもしますが、「はやぶさ」や「あかつき」のような場合では、JAXA宇宙科学研究所の先生方が、要求仕様を決めるだけでなく設計まで入り込んで、一緒に作り込んでいくスタイルで昔からやっています。

JAXAが開発した技術でJAXAが知り尽くしているところ、逆にメーカーでないと分からないところなどが複雑に入り組んで存在しているので、密接にやりとりをしながら開発を進めていきます。「要求仕様を出したら後はメーカーで」というような、単純な進め方ではありません。ただ、最終的な「形」にするのはメーカー側なので、細部を詰めて設計製造するのはメーカーの仕事になります。

--タフな交渉もありますか?

かなり大胆な、意外性のある提案をされることもありますね。それとは逆に、こちらから提案することもあります。たとえば「あかつき」は、打ち上げ時、太陽電池パドルを横ではなく上に畳んでいますが、この方が固定しておく機構が少なくて軽量化できるため、我々の方から提案しました。

--「はやぶさ2」と「あかつき」に加え、2015年4月からはジオスペース探査衛星「ERG」のプロジェクトマネージャも兼務。忙しいですね。

「ERG」は開発の真っ最中なので、今のマネジメントの仕事としては、これが中心ですね。ただ、現在は「はやぶさ2」と「あかつき」も大きなイベントを控えているので、実運用の計画立案はシステム担当者に任せつつ、運用計画全体の確認を行っています。

「ERG」は2機目の小型科学衛星で、1機目の惑星分光観測衛星「ひさき」とは、共通のバス機器を採用しています。ただ、「ひさき」が三軸姿勢制御であったのに対し、「ERG」はスピン安定制御であるなど、違いもあります。コンポーネントは同じでも、様々なカスタマイズが入っています。

個人的に「ERG」はのぞみに似ているところがあると思っていて、たとえば観測センサーですね。もちろん観測対象が地球と火星という違いはあるんですが、搭載されているセンサーは似ていたりするんですよ。予定している2016年度の打ち上げに向け、「のぞみ」を今度こそ周回させるつもりで、しっかり仕上げたいと思います。

(大塚実)