グリッド細胞がアルツハイマー病の早期発見のカギ? Sergey Nivens/PIXTA(ピクスタ)

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 現在、世界で2400万人近くの人々が患うという認知症。中でも増加傾向にあるアルツハイマー型認知症(アルツハイマー病)の予防と治療に関する研究は、現代医学の重要なテーマのひとつだ。

 その分野で大きな可能性を秘めていると言われるのが、脳内でGPSのように位置情報を割り出す働きをするグリッド細胞の存在だ。グリッド細胞は英ロンドン大学のジョン・オキーフ博士と、ノルウェー科学技術大学のエドヴァルト・モーザー博士、マイブリット・モーザー博士夫妻の研究によって発見された。その功績により2014年にノーベル生理学・医学賞が授与されたことは記憶に新しい。

「グリッド細胞」の発見が認知症解明をヒントに

 オキーフ博士は1971年、部屋を歩き回るラットがある特定の場所に来たときに発火する細胞が脳の海馬にあることを発見した。ラットの移動に伴って順々に発火し、記憶していくこの細胞は「場所細胞」と名付けられた。どの場所細胞がどんなタイミングで発火するかにより、ラットは自分がどこにいるかを認識する。

 そして2005年、「場所細胞がなぜ特定の場所で発火するのか」を明らかにしたのが、モーザー博士夫妻だ。夫妻は海馬に情報を送る脳の「嗅内皮質」という部分に着目した。

ラットがどこか特定の1カ所ではなく、空間に等間隔に存在する格子点(グリッド)を通るたびに発火する細胞を発見した。これが「グリッド細胞」だ。ラットはグリッド細胞の信号と、視覚や運動の情報を総合して現在地を特定する。この情報が海馬に送られ、場所細胞の発火につながることがわかった。

 その後、グリッド細胞による空間把握の仕組みは人間も同じであることがわかり、アルツハイマー病などによる認知障害や徘徊のメカニズムの解明に繋がる可能性が示唆された。

そこに注目したのが独ボン大学らの研究グループ。バーチャルリアリティーを使ったテストによって、若者のアルツハイマー病の初期兆候を知ることができるかもしれないという論文を、学術誌『サイエンス』(10月23日付)で発表した。

因子を持つ若者の脳には特徴がある

 ドイツの研究グループは、アルツハイマー病発症の遺伝的リスクが異なる18~30歳の人たちを被験者とし、「バーチャルリアリティー(VR=仮想環境)」を使って空間認知と記憶に関連する脳内の機能を調べ、結果を比較した。

VRとは、CGとサウンドによってリアルな仮想空間を作り出す技術のこと。現実に存在しないものを見たり聞いたり、触れたりすることができ、アミューズメント施設やコンピュータゲームなどで体験した人もいるだろう。

 実験では青空や山、芝生の上にさまざまな日用品が散在する仮想空間が用意され、被験者はそこを歩き回って、それらの仮想オブジェクトを拾い集め、再び元の場所に戻すテストを行った。

 そして実験中、被験者の脳活動をfMRI(磁気共鳴を使って体内活動を画像にする技術)を使ってモニタリングした。すると、アルツハイマー病を発症するリスクが高い被験者(アルツハイマー病の危険因子とされる「アポリポタンパク質E4」を持つグループ)は、そうでない人たちに比べて、グリッド細胞の活動量が明らかに少なかったという。

 しかしパフォーマンス自体は劣っていなかった。彼らは空間認知をグリッド細胞ではなく、海馬の方で補っていたからだ。このように、アルツハイマー病発症の遺伝的なリスクが高いグループは、早くから独特な脳内活動を示すことが、グリッド細胞を通じて明らかになったのだ。

早期治療の可能性に期待

 このような、グリッド細胞の機能異常といった早い時期の指標が見つかることは、アルツハイマー病研究の貴重な前進になるかもしれない。なぜなら、アルツハイマー病の悪化を最小限に抑えるには、医療による早期の介入が最も望ましいからだ。

 「研究に参加した若者が、将来アルツハイマーになるかどうかはわからない。だが、この研究は、なぜ一部の人の発症リスクが他より高いのかを理解する上で重要です」と英国アルツハイマー・リサーチ博士のローラ・ピップスは語っている。

グリッド細胞や海馬の研究が進めば、アルツハイマー病型認知症の新たな予防法や治療法が生まれる可能性がある。未だに決定打のない分野だからこそ、研究の進展に期待したい。
(文=編集部)