『それでも親子でいなきゃいけないの?』(秋田書店)

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 遠野なぎこ、小島慶子、冨永愛......と実母との確執を告白する女性タレントが近年相次いでいる。母娘関係のねじれは社会的にも大きく注目され、情報番組やトークバラエティなどでもしょっちゅう取り上げられるようになった。その先鞭となったのが、漫画家/ライターの田房永子が2012年に出版した『母がしんどい』(新人物往来社)だろう。息苦しい親子関係を赤裸々に吐露し、同じ悩みに苦しんできた人々の代弁者となった。

 『母がしんどい』では、母親に自分の人生を支配されそうになったことに気づき、最終的に両親と絶縁。罪悪感にさいなまれながらも、心の平穏を取り戻したところで終わったが、"絶縁後"はどういった心境になるのだろうか? 田房の"絶縁後"を描いた『それでも親子でいなきゃいけないの?』(秋田書店)から見てみよう。

 田房の母は、「怒ると3秒で豹変」するタイプ。また娘の成長に向き合えないのか、年頃になってもブラジャーを買ってもらえなかったり、大学受験の当日にささいなことからケンカし、角材を持って追いかけられたりと、強烈な体験をしている。絶縁して、その感情の激しさに付き合う日々から解放されたはずなのに、田房は「なぜか母と似てる人と付き合っちゃう」と、自ら火種に近づくように。

 人の悪口をずーっと言ってる知人、自分にしか興味のない友人とへとへとになりながら付き合い、当時、離婚したばかりの元夫、落語家の春風亭小朝を「金髪豚野郎」と罵るなど過激な言動でワイドショーを騒がせた、歌手の泰葉の追っかけに。各々とは縁が切れるものの、いまだに母に似ている人には惹かれてしまうとのこと。そして彼女たちや母の中に自分を見出してしまうようで、それを乗り越えることを田房は「永遠のテーマ」と言い切っている。一筋縄ではいかない親子の愛憎が見てとれる。

 また『母がしんどい』を出版後の彼女の気持ちも、当事者にしかわからない複雑なもの。母との確執を書くと覚悟するまで4年もかかったこの本。攻撃が自分に向くと怯えていると、ネットのレビュー欄には想像していた以上の熱量で、母親の悪口が書き込まれていた。それを見た田房は、「うちの親がネット見たらどうするんだよ!! ひどいこと書くな!! ヤメロ!!」と思わずパニックに。他人に言われるほど、自分の親はひどいのだろうかと心配になった田房が決断したのが、「親に会ってみる」ということ。祖母や叔母を巻き込み、人数を増やすことによって、母親のから衝撃を減らすなど、うまく対策を講じられるように。

 実際に対面すると、母親が「まったくいらないもの」をプレゼントしてきたのだが、その姿が「小学5年生の女子が、リーダー的な女の子のご機嫌をうかがう姿」に見えてきたそう。同時に、母は小学5年生のままで成長がとまり、自分が母を追い抜いてしまったという事実をその場で悟ったという。「小学生が『親』をやらなきゃいけないんだから そりゃーお互いつらいのは当然だったんだな」と振り返っているが、それが理解できたのも絶縁し、時間と距離を置いたからではないだろうか。

 いまや田房は講演会やトークイベントなどに引っ張りだで、"自分の人生を取り戻すためなら、親を恨むことや絶縁することに罪悪感を感じなくてもいい"と呼びかけている。それでもいまだに絶縁にマイナスイメージを持つ人が多く、親子の絆を大切にするべきという価値観を押し付けてくる人も。

 ただ、田房にとっては、母親と一緒にいるときのほうが「自分の気持ちや母への疑念に向き合うことから逃げてた」という状態で、離れたからこそ、母の長所や魅力を思い浮かべられるようになったという。その経験を経たからこそ、田房が主張するのが、「みんなが大好きな"親子の絆"があるんだから、ちょっとくらい絶縁したって大丈夫じゃないのかな」という考え。田房自身も絶縁したからこそ、自分の子どもを連れて母親に会えるようになり、そして「一緒にいるのは2時間が限度」と、相手との距離感を測れるようになったよう。

 通常、友人関係や恋愛関係を持った相手でも、気持ちがすれ違えばケンカをしたり、話し合ったり、それでもわかり合えなければ、距離や時間を置くことはごく自然に起こり得ること。それが親子にあってもいい、むしろ「親子は距離を置いてはいけない」ということのほうが不自然にも思えてくる。「絶縁したから二度と会わない」「絶縁したくないから相手に合わせる」と頭で考えるのではなく、状況や環境に合わせて、都度、相手との「心地よい関係」を構築していく。それが「しんどい」家族とのベストな付き合い方なのかもしれない。
(江崎理生)