リオよりも目の前の戦い、MF大島僚太「今はアジアで勝ちたいという気持ちの方が強い」
[11.26 練習試合 湘南 1-1 U-22日本代表候補 BMWス]

 U-22日本代表候補MF大島僚太(川崎F)は湘南との練習試合後、リオデジャネイロ五輪への思いを馳せるよりも、アジア突破への意欲を強調した。オリンピックへの思いを問われた大島は「ロンドンオリンピックを見て、出てみたいなと。実際、立てる選手というのは年齢的にも少ないので出たいなと思いますけど、ボクらは(U-19日本代表時代に)アジアで勝てなかったので、今はアジアで勝ちたいという気持ちの方が強いです」。川崎Fで主力を担う世代屈指のプレーメーカーは、来年1月のAFC U-23選手権で3位以内に入り、オリンピック切符を勝ち取ることに全力を注ぐ。

 この日の練習試合に大島はダブルボランチの一角として先発した。ボールの奪いどころが上手く行っていなかったという前半終盤、U-22日本代表は4-4-2から4-3-3へとシステムチェンジ。そして後半は、やや高い位置からプレスに行き過ぎていた部分を修正し、狙い通りの守備ができる時間が増えた。大島は「前に行くだけにするというか、3枚下がって前に行くだけの形をつくっていたのでそういった意味でもやりやすさはありました」。4-3-3のインサイドハーフに位置を変えた大島は役割がよりはっきりとしたこともあってか、個人としてもアグレッシブさが出てよりボールサイドの攻防に絡み、PA近くでのドリブルやスペースへの正確なパスなどらしさも発揮するようになった。

 だが、後半16分に交代するまでチームは無得点。カウンターからチャンスを迎えるシーンもあったが、課題を残した。大島はそれ以上に守備面の向上を求める。「守備が上手くいかなかったので、攻撃も上手くいかなかったと捉えている。失点もしていますし、もっとはっきりした守備のタイミングだったりとか、みんなで声を掛け合いながら臨みたい。ハマらない状況をつくらないようにやらなければダメだと思うので、声を掛け合いながらやらないといけないと思います」と指摘していた。

 声を掛け合いながらチームを高めていく。そしてアジアを勝ち抜く。3年前の12年、大島は同じく93年生まれ世代、U-19日本代表の中心選手として13年U-20W杯への出場権を懸けたAFC U-19選手権に出場。U-20W杯まであと1勝としながら、準々決勝でイラクに敗れて世界切符獲得を逃している。個人的にも、本職であるボランチからSHへ回り、奮闘したものの、持ち味を出しきることができなかった。高校3年時秋の全日本ユース選手権で大ブレイクしてから急転プロ入りが決まり、プロ1年目からJ1で経験を積んだことで93年生まれ世代のリーダー格となったが、チームを勝たせる存在になることはできず。10番を背負っていたU-19日本代表では期待に応えることはできなかった。

 それだけに来年1月に控えるAFC U-23選手権へ向けて「(U-19代表時代に)負けていますし、行けなくて悔しい思いもしていますし、当時と大会方式も似ていますし、それ以上に今回の方がもう一つ勝たないといけないですし(U-20W杯のアジア出場枠は4、五輪は3)、難しく厳しい戦いなのかなと勝手に思っています」と気を引き締めている。U-19代表時代と同様、U-22代表でも最年長のリーダー格。キャプテンマークも巻いてきた。本人も認めるように、決してリーダーシップをとることが得意な選手ではないが、実績を見ても責任ある立場になった。何とかしたいという思いから、「テギに聞いたこともある」と静岡学園高時代の同級生、主将で当時圧倒的なキャプテンシーを発揮していたCB金大貴(キン・テギ)に相談したこともあるという。自分が何をすべきか考えた結果、行き着いたのはまずは自分らしくやるべきことをやるということ。「チームを良くしたいという思いがあるので、全員で声を掛け合いながら。着飾っても仕方ないので自分に集中しつつ、みんな思うところもあると思うのでそれを聞きつつ、いい方向に向けられればいい」。

 淡々としているように映るが、今も変わらないのはアジアで経験した悔しさ。今度はアジアで勝ちたいという思いだ。「チームが求めているところを質高いところでやりたい」という大島が自分らしくチームに貢献して、今度は必ずアジアを突破する。

(取材・文 吉田太郎)


●AFC U-23選手権2016特集