■福田正博 フォーメーション進化論

 11月17日のW杯2次予選カンボジア戦で日本代表が2−0という辛勝に終わった後、ハリルホジッチ監督はベンチに座り込み、うなだれていた。"プロフェッショナルの監督"である以上、どんな試合内容であっても、メディアの前でそうした姿を見せるべきではないと私は思っている。なぜなら、そうした光景が、選手やスタッフ、関係者やサポーターなどに不安を与え、疑心暗鬼にさせてしまうこともあるからだ。

 世界の代表チームや強豪クラブを率いる監督は、どんな結果であろうとも、余程のことがない限り悲嘆に暮れる姿を晒さない。もちろん、"プロフェッショナルの監督"として数十年のキャリアを持つハリルホジッチ監督も、それは十分に理解しているはずだ。それにもかかわらず、試合後にうなだれていた。そこには、日本代表を指揮するハリルホジッチ監督の苦悩の深さが表れているように感じた。

 ハリルホジッチ監督が日本代表監督に就任したのが3月12日。当初は「縦に速いサッカー」を掲げて、強烈なリーダーシップで選手たちを掌握。日本代表指揮官としての初戦となった3月27日のチュニジア戦を2−0で勝利すると、6月11日のイラク戦に4−0で勝利するまで4連勝を記録した。

 2015年1月のアジアカップ、決勝トーナメント1回戦で敗れた直後にアギーレ前監督が解任され、明るい話題がなかった日本代表に、上げ潮ムードをもたらしたといえる。

 しかし、6月16日に行なわれたW杯2次予選初戦のシンガポール戦を0--0で引き分けてから歯車が狂いだした。

 8月には国内組の新戦力発掘をテーマにして臨んだ東アジアカップで1勝もできず、史上初めての最下位。その後、9月から再開されたW杯2次予選では欧州組を中心にしたメンバー編成で4連勝してグループ首位に立ったものの、就任当初の勢いは影を潜めてしまった。

 こうしたハリルジャパン停滞の原因のひとつは、「監督の認識不足」にあったと感じている。そのひとつ目が、"日本サッカーの置かれた状況"への理解不足だ。世界の強豪国と対峙する際に日本代表は格下になるが、ほとんどのアジア諸国との対戦では日本が格上になる。つまり、"世界"と"アジア"で戦い方を変えなくてはならない "ダブルスタンダード"という問題を抱えていることは、ハリルホジッチ監督もサッカー協会関係者から何度も聞かされていただろう。

 だが、実際にW杯2次予選でベタ引きする対戦相手を見て、「これほどまでとは......」と戸惑ったのではないか。そして、カンボジア戦後の会見では「アジアの監督たちへのメッセージにもなりますが、チームを発展させたいならもう少し勇気をもって攻撃をするべき。これが原因で、アジアのサッカーは低いレベルに留まっている」というコメントを残した。

 たとえば、日本で指揮をすることが初めてだったザッケローニ元監督が就任前に持っていた日本サッカーについての知識は、ハリルホジッチ監督と同程度だったはずだ。それでも、ザッケローニ監督は「日本サッカー」だけを学ぶのではなく、日本の文化にも積極的に触れ、認識を深めていった。そうやって徐々に日本人選手の基本的な精神性を理解し、その個性を伸ばしてチームを強化することにつなげた。

 この"日本人特有のメンタリティー"は、たびたび取り上げてきた話題だが、ハリルホジッチ監督のふたつ目の認識不足は、まさにこの点にあると思っている。

 ハリルホジッチ監督の指揮官としての経歴は華々しい。フランス国内リーグではリールを率いてフランス年間最優秀監督に輝き、2014年のW杯ブラジル大会ではアルジェリア代表を史上初のベスト16に導いた。その実績は間違いなく世界レベルだ。ただ、これまで彼が指導してきたのは、ヨーロッパやアフリカの選手たち。「積極性」と「個人」が優先される彼らのメンタリティーと、「協調性」を優先する日本人のそれでは、やはり異なる部分があるはずだ。

 また、ハリルホジッチ監督は、ヨーロッパやアフリカの選手を指導するように「強い言葉」を発していたが、そうすると日本人選手は「それしかやらなくなる」傾向がある。

 実際、ハリルホジッチ監督が日本代表監督に就任した直後、何度も「縦に速い攻撃」を口にすると、試合で相手がベタ引きで守ってスペースがない状態でも、日本代表は頑なに監督の指示を守って「縦に速い攻撃」だけを繰り返した。これがヨーロッパやアフリカの選手たちなら、状況に合わせて勝つために何をすべきかを考え、ポゼッションして崩すことも選択肢にして攻撃しただろう。

 ただし、こうした部分のメンタリティーの違いを理解したのか、最近のハリルホジッチ監督は、選手たちに強い言葉を発信しなくなった印象だ。これは、ハリルホジッチ監督が日本代表を指導した9カ月間で少しずつ日本人選手のキャラクターを理解してきたからではないだろうか。

 就任後、W杯2次予選で格下相手に苦戦が続いたことで、ハリルホジッチ監督の評価はやや微妙なものになっていき、逆風に立たされることになった。

 だが、まだハリルホジッチ監督の真価は発揮されていないとも私は考えている。そもそも、ハリルホジッチ監督は、日本代表がW杯本大会でベスト16以上に進むために欠けているピースを埋めてくれる指揮官として招聘された。日本サッカー協会としても、世界の強豪国から勝利を奪うために、ザッケローニ監督時代にはなかった「縦に速い攻撃」が必要と考えたからこそ、ハリルホジッチ監督を登用したはず。

 しかし、ここまでの対戦相手は格下か、よくても互角の相手ばかりで、強豪国とのテストマッチが1度もない。これでは世界のトップとの差を測りようもないし、ハリルホジッチ監督も持ち味を発揮しようがなかったともいえる。

 2018年W杯ロシア大会まで、残された時間は2年半ほど。日本代表の目標が、W杯出場ではなく、その先の「W杯本大会での躍進」にあるのならば、日本サッカー協会はしかるべき強豪国とのテストマッチを増やしていってほしい。

 そこで、強豪相手にハリルジャパンがどう戦うのかを見てみたい。世界のサッカーを熟知し、結果も残してきたハリルホジッチ監督の真の手腕を発揮できる試合が、2016年は数多く組まれることに期待したい。

福田正博●解説 analysis by Fukuda Masahiro