aiko、Perfumeの新曲…“らしさ”に感じる先細りの危険
 ミュージシャンにとって、ファンの存在はかけがえのないものなのでしょう。しかし、一方でそうした作り手と受け手との間で育まれた近しい関係が主となり、そこに作品も引きずられると、事情は変わってきます。ファンの与えてくれる親密さや寛容な理解が、常にアーティストに味方するとは限らないのです。

◆抜きん出たaikoだからこそ歯がゆい

 aikoの新曲「プラマイ」は、そんなことを考えさせる一曲でした。

 もちろん、aikoがJポップの中で抜きん出た存在であることは揺らぎません。日本語の丸い抑揚を損なわずに、ダイナミックなポップスに落とし込む鋭い運動神経。作詞においては、半径50センチ内の個人的な題材を扱いながら、そこから普遍的な小宇宙を引き出して、聴き手の共感を得てしまう。

 だからこそ、歯がゆくなってしまうのです。歌うべき事柄は、‟惚れた腫れた”しかないのだろうか。サウンドや演奏の形態も、デビュー以来、誤差の範囲での変動しかない。

⇒【YouTube】aiko-『プラマイ』music video short version http://youtu.be/tyi73M55uwY

 「プラマイ」はaikoお得意のアップテンポなポップロック。多くのコードが入れ替わり立ち代わり鳴ったり、1番と2番とでリズムアレンジを変えたりと、ジェットコースター的展開を見せます。一見、にぎやかで楽しげに思えるのですが、裏を返せば、そうした後付けの工夫ばかりが目立つとも言える。肝心要の、言葉とメロディの絡み方が漫然としていて、フックもなく流れてしまっているからなのですね。

 ここが、「カブトムシ」や「おやすみなさい」、さらには「陰と陽」といった楽曲とは異なる部分なのです。言葉の息の長さから生まれたメロディを傷つけないコードワークとハーモニー。「プラマイ」は、その根幹が据わっていないのです。

◆大天才だって、自分流をあえてブチ壊す

 もっとも、この曲がファンの期待を裏切るほどにひどい出来だというわけではありません。少なくとも、“了解”は得られるでしょう。そうした限定的なコミュニティでの芸として、ある意味では成熟の段階に入ったとも言える。しかし、それは同時に、作り手も受け手も惰性で処理出来てしまうような危険をはらんでいるのではないでしょうか。

 ‟いつものaiko”と安心されることは、そこから外へ出られず、新たな聴き手に出会うきっかけを逃しているのと同じなのかもしれません。

 かつて、エルトン・ジョンほどの大天才でさえ、作曲や歌唱をゼロから見直すべく、見知らぬ黒人プロデューサーに頭を下げて弟子入りしたことがあります。『Thom Bell Sessions』からのシングル「Mama Can’t Buy You Love」を聴くたびに、「花火」を思い出すからこそ、aikoは他流試合に臨んでほしいと願うのです。

⇒【YouTube】aiko-『花火』music video short version http://youtu.be/PUJx4viUVsg

⇒【YouTube】ELTON JOHN Mama can’t buy you love http://youtu.be/fw1ulSbMBiw

◆Perfumeは中田ヤスタカ一筋で12年も…

 そんなaiko以上に、索漠とした印象を残したのがPerfumeの「Star Train」。

 サム・スミスの「Stay With Me」とフィリップ・フィリップスの「Gone Gone Gone」をかけ合わせたような曲に、ドキュメンタリー映画のメッセージを詰め込んだような詞が、ぎこちなく乗っているだけ。10年以上も同じ人間が曲を手掛けていたら、それは飽きもするだろうと同情したくなります。

⇒【YouTube】[MV] Perfume 「STAR TRAIN」 http://youtu.be/pR2E2OatMTQ

⇒【YouTube】Sam Smith - Stay With Me http://youtu.be/pB-5XG-DbAA

⇒【YouTube】Phillip Phillips - Gone, Gone, Gone http://youtu.be/oozQ4yV__Vw

 確かに、「Perfumeと言えば中田ヤスタカ」という看板は大事です。しかし、その切り札を取っておくためにも、どこかでケイティ・ペリーのアルバムのように、ショーケース的な試みはしておくべきだったでしょう。

 やはり、こちらも客ではなく、ファンを最優先したがために先細っているように感じるのです。

<TEXT/音楽批評・石黒隆之>