森達也『ドキュメンタリーは嘘をつく』
学生の頃、早い時間に家に帰るのが苦手な仲間たちと、内輪で繰り返していたドキュメンタリー映画の上映会で、たまたま著者の作品「放送禁止歌」に出会い、無知を自覚し始めた私はたちまち、この人物に惚れ込んだ。

 著者は、よく「映画監督、ドキュメンタリー作家」と紹介される。これまでのテーマは、オウム真理教(アーレフに改称)の荒木広報部長、「小人プロレス」、自称・超能力者、商品開発での動物実験、と場など。日本社会の「負の側面」に真正面から対峙してきた著者は語る。「できることなら世界の事象すべてを見たいし知りたいけど、それは不可能だ。だからこそ、今そこにあるものから視線を逸らしたくない。見て見ない振りをしたくない」。

 オウムを扱った作品「A」、「A2」は、ベルリン、プサン、バンクーバーなど各映画祭に出品し、海外でも高い評価を受けた。オウムの特番をメディアが朝から晩まで放送し続ける中、信者のドキュメンタリーを撮りたいと真正面から手紙を送ったのは、著者が初めてだったというから面白い。「放送禁止歌」について部落解放同盟に取材する際も、当然すぎるぐらい普通の申し込みをしただけ。それについて著者は、淡々と「『タブーだと皆が思いこんでいることのほとんどはタブーではない』ことを呈示しただけ」と語る。

 一般のメディアで、著者の作品が紹介されることはほとんどない。メディアが事あるごとに唱える「中立公正」、「不偏不党」、客観性などの点がネックになった。代表作「A」については、オウム事件で一躍有名になった女性ジャーナリストから、「オウムのPR映画」と酷評されたという。

 たびたび宣告される撮影中断や契約解除を鏡に、彼の作品を無自覚に禁忌するメディアの姿勢を批判しながらも、撮ることへの後ろめたさや煩悶、己の無力さ、不器用さについて、本書の随所で赤裸々に書き綴られている。ドキュメンタリーを撮る際に、過剰な優しさは「猛毒」としながらも、著者はそうした要素を大事にしている。

 事実と虚構の境界を越え、確信犯的にカメラを回し続ける自分をさらけ出し、散々読者を惹きつけた後に、本書を集約する一言として「僕は嘘つきだ。映像も。そしてこの活字も」と断言してしまう。「森達也」を知らない人には、退屈な本かもしれないが、彼の映像に魅せられたことのある人には、今後の展望もうかがえる興味深い一冊。(草思社、1785円)【了】

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