3月以来となるU22代表復帰の松原、生き残りへ「全力でアピールしないと」

写真拡大

 アルビレックス新潟所属のDF松原健が、右ひざの手術を乗り越えてU−22日本代表に復帰。今年3月のリオデジャネイロ・オリンピック アジア1次予選以来の招集に「本当に久しぶりだなっていう感じ」と笑顔を浮かべた。

 23日、U−22日本代表候補が神奈川県平塚市内でトレーニングキャンプを開始した。初日は、前日22日にリーグ戦を終えた14人が参加。リカバリー組とトレーニング組に分かれて練習を行った。

 4月に右外側半月板を損傷し、手術を決断した松原は「焦って治してもいいことはない」と受け止め、リハビリ期間は体幹の強化に取り組んだ。全治約5カ月という長期離脱は人生初。「今までもいい時期にケガをすることが多かったので、これも一つの試練だと思っています。一度落ちたとしても上手く這い上がってきている。周りのサポートもあったし、しっかり自分を信じてやりました」と下を向くことなく、復帰に向けてリハビリを続けた。

 だが、全く焦りがなかったかと言えば嘘になる。7月に行われたU−22コスタリカ代表との国際親善試合もチェックしていたようで、「右サイドにもライバルはいるので、その選手のプレーを見ていると多少の焦りはありました」と素直な心境を明かした。

 現在も完全に痛みがなくなったわけではなく、本人も「プレーができる範囲での痛み」と説明する。9月末に復帰してから公式戦に出場したのは10月14日に開催された天皇杯全日本サッカー選手権大会3回戦の徳島ヴォルティス戦のみ。実戦への不安は残るが、「多少の不安を抱えていてもやらないといけないので、そこは怖がらずにプレーしていきたい」と静かに闘志を燃やした。

 チームを率いる手倉森誠監督もアジア1次予選を戦った松原の実力は認めている。今回は、回復具合を実際に確認したいと招集し、「まだ100パーセントで屈曲ができない。走る時にひざの後ろへの引き上げがない分、着地時にクッションが効いていなかった。それが今日の時点で分かったのはよかったし、それを克服できたらまた絡んでくるだろう」と早速手応えを口にした。

 一方で、チーム内の競争が激化しているのも事実。先月の佐賀合宿では普段よりも多い28名を招集すると福岡大学とサガン鳥栖との練習試合でその全選手を試した。また、年末の沖縄合宿にはバックアップ選手も含めて最大50名を招集する可能性を明かしており、来年1月のリオ五輪最終予選に向けて直前まで競争を促す構えだ。松原は「久しぶりの代表は楽しみですし、僕がいない間に新たな選手も選ばれているので、そういう選手がどういうプレーをするのか興味があります。この短い期間でしっかり特長を掴んでいきたい」と語ると同時に、「僕に残された時間は少ないので、一つの練習でも全力でアピールしないといけない」とメンバー生き残りへ意欲を示した。24日はJ2組も合流し、トレーニングキャンプ最終日の26日には湘南ベルマーレと練習試合を行う。

取材・文=高尾太恵子