「It was impressive(見事だった)」

 ロジャー・フェデラー(ATPランキング3位)が、7−5、4−6、6−4、2時間10分およぶ戦いの末に破った錦織圭(8位)へ贈った最大級の賛辞だ。

 ATPワールドツアーファイナルズのラウンドロビン(総当たり戦、以下RR)の第2戦で、34歳のフェデラーは、現王者のノバク・ジョコビッチ(1位)をストレートで破り、彼の連勝を23で止め、元王者の意地を見せた。一方、錦織は、トマーシュ・ベルディヒ(6位)をフルセットで破り、2015年大会で初勝利を挙げ、徐々に調子を上げて、RR第3戦のフェデラーとの大一番に臨んだ。

 試合はファイナルセットまでもつれた。フェデラーが、第4ゲームで先にブレークして4−1とするが、第7ゲームで錦織がブレークバック。しかし、フェデラー5−4で迎えた第10ゲームの錦織のサービスで、40−30から、この日4本目となる痛恨のダブルフォールトでデュースとなり、そこからフェデラーが錦織を振り切った。第10ゲームのダブルフォールトはもちろん悔やまれるが、もし第3セット第3ゲームで、錦織が0−40から先にブレークできていれば、フェデラーへ先にプレッシャーをかけることができて、試合展開が変わっていたかもしれない。トッププレーヤーとの対戦では数少ないチャンスを、1回で仕留める重要さと、1ポイントの重みを、錦織は思い知らされた。

 一方でフェデラーも、錦織の能力の高さを評価した。もともとサーブのいいフェデラーだが、セカンドサーブでのポイント獲得率がわずか30%とふるわなかったのは、錦織のリターンがいかに良かったことを示している。

「ベースライン付近にとどまって、セカンドサーブをリターンでき、圭がコートで披露できる能力は本当に驚きだ。フォアハンドは破壊力があり、バックハンドはライン際をとらえる。It was impressive(見事だった)」

 フェデラーは、「(テニスを)見るのが最もワクワクする選手だと思う」と錦織を以前から評している。ツアーファイナルズという大舞台で繰り広げられた6度目の対戦は、素晴らしい試合内容で、その言葉を再認識するのに十分なものだったであろう。

 1勝2敗でRRを終えた錦織は、ツアーファイナルズで2年連続のベスト4進出はならず、2015年シーズンを(ランキング)8位でフィニッシュした。

「2年連続トップ8で終われるのは、非常に価値あるものだと思う。もちろんもっと上にいければよかったですけど、この位置にいるのも簡単ではない」

 2015年シーズンを振り返る時、錦織への評価は分かれる。昨年より活躍できていないのではという指摘もあるが、それは正解であると同時に不正解だ。

 正解の根拠としては、グランスラムでの錦織の成績が挙げられる。オーストラリアンオープン(全豪)では3年ぶり2度目のベスト8、ローランギャロス(全仏)では自身初のベスト8、ウインブルドンでは、左ふくらはぎのケガで2回戦棄権、USオープンでは1回戦敗退だった。ベスト4以上の成績を収められなかったため、トップ10に定着した現在の錦織の実力からすると、満足できない人が多かった。

「オーストラリアとフレンチが良かった半面、悔しい部分もあります。けど、フレンチでは初めて(ベスト)エイトに行けたり、収穫や自信もついたところもあるので、また来年はそれより上を目指したいですね」

 このように錦織は、結果を前向きにとらえようとしているが、コーチ陣は冷静に振り返った。

「フレンチオープンで初めてベスト8に入ったのは、よくやったと思います。USオープンは、本当に残念な結果でした。来年のグランドスラムでは、進化が必要です」(ダンテ・ボッティーニコーチ)

「たしかに期待していた結果は出ませんでした。でも、オーストラリアンオープンとフレンチでは、圭はいいプレーができました。でも、来年は必ず、さらにいい結果が残せることを望んでいます」(マイケル・チャンコーチ)

 一方、不正解の根拠としては、錦織が2015年シーズンに安定した成績を収めたことだ。ATPツアーでは、メンフィス、バルセロナ、ワシントンD.C.の3大会で優勝し、自己最高のランキング4位まで上昇。また、マッチ54勝16敗を記録し、2014年シーズンの54勝14敗と比べても遜色はない。そして、安定した成績の際たる証左がツアーファイナルズの2年連続出場だった。

 来シーズンに向けて改善すべき点は、錦織本人も語るように、ケガなくシーズンを戦い切れるかどうかだ。ボッティーニコーチは、フィジカルの重要性を次のように語る。

「2015年シーズンの圭のメンタルは良かったと思います。何と言っても、ツアーファイナルズに出場できたわけですから、より強くなっているのではないでしょうか。これからは、シーズンの最後まで、健康であり続けることが必要です。毎年いくつかの大会で、同じ問題が起こっていますが、それでも圭は、少しずつ良くなってきています。来年は、もっと良くなるといいですね」

 チャンコーチも、錦織にはさらなる進化が必要だと強調する。

「フィジカルもより強靭に、メンタルもより強くならないといけません。この2つの課題は当たり前のことですが、今の圭にとってはとっても大きな問題といえるでしょう。ハードな練習が必要ですし、そしてチャンスをモノにしないといけない」

 錦織は、2016年シーズンを26歳で迎えることになるが、プロテニスプレーヤーのフィジカルが、20代後半で劇的に強くなることを期待するのは現実的ではない。しかし、進化が止まれば、現状さえも維持するが難しくなり、トップレベルと差をつけられてしまう。これまで積み上げて来たフィジカルの強さを維持しつつ、さらにコーチ陣が言う進化を遂げることができるかどうかが、錦織にとっては重要だ。

 また、トップ10選手との対戦で、錦織は2014年シーズンに11勝7敗とそ勝ち越していたが、2015年シーズンには6勝10敗 と負け越した。ここにはライバル選手による錦織対策が徹底的に行なわれたことが読み取れる。それほど強くない錦織のセカンドサーブをリターンから強打されて先手を打たれたり、または錦織の正面、ボディーへのサーブを打たれ、得意のリターンを封じられたりして、勝負どころで、なかなかポイントを奪えなくなる場面が増えた。

 当然、進化しようとしているのは錦織だけではなく、ジョコビッチやフェデラーらも必死だ。ツアーファイナルズで、世界のトップエリート8人が繰り広げる究極の戦いの中で、トップの力を肌で感じられたことは、再浮上を目指す錦織にとって大きな糧になったのではないだろうか。

「自信はついていますし、この(ツアーファイナルズの)3試合、全部簡単にやられていたら話は別ですけど、モヤモヤしていた中、ベルディヒに勝ったり、今日(フェデラー戦)もいいテニスが戻ってきたり、できるという収穫が大きかった。ポジティブにとらえたい」

 依然として世界のトップ5には、強力なライバルたちが居座る。だが、この1週間で錦織自身、彼らを倒してグランドスラムの優勝戦線に加わることのできる力、そして、この舞台に戻って来られる力を秘めていると確認できたはず。2016年シーズンも期待せずにはいられない。

神 仁司●文 text by Ko Hitoshi