なぜそこへ向かおうとするのか。そこで難しいパスを交換しようとするのか。そことは真ん中を指すが、攻撃が遅攻に切り替わり、相手の守備陣がそこをガッチリ固めていても、日本はふわっと軽々しく入っていく。敵の仕掛けた罠に誘い込まれるように。これはもう、日本サッカーの病気と言っていい。

 相手のゴール前、ペナルティエリアの少し手前あたりをバイタルエリアという。攻撃側がそこに入れば、得点の可能性は高まる。逆に守備者が、相手側に侵入を許せば、失点の危険が増すーーとされている。

 だから、日本はバイタルエリアを目指すーーと言うわけだが、そこはいわば正面玄関。相手も固く閉ざそうとする。そこから厚かましく侵入し、ゴールに辿り着く確率は、相手がカンボジアやシンガポールでもごく僅か。相手が高い集中力で守備をしている間は、滅多には開かない。

 それでも日本は無遠慮に、真ん中を突く。そこでワンツーなど、難度の高いパス交換を当たり前のように交わそうとする。ほとんど失敗に終わるが、それだけなら問題ない。サッカーは攻守が瞬時に入れ代わるスポーツ。問題はその直後に起きる。真ん中で奪われたボールには、直進しやすい特性がある。真ん中の自軍選手は、身体の真後ろを突かれる。体勢を立て直しにくく、逆モーションになりやすいのだ。

 それに比べ、サイドは進みが悪い。同じ高さで奪われても、真ん中に比べて遅い。危険度は激減する。

 組み立ての際にはできるだけサイドを使い、あるいは両サイドにボールを散らしながら、最後の最後に真ん中を突く。バイタルエリアへの侵入を図る。いきなり真ん中に行かない。これが遅攻のセオリーだ。

 それを無視した攻撃を日本代表は平気でする。その回数は、ボール操作の上達度に比例するように増えていき、いつしか日本代表のスタンダードになった。監督が変わっても、その傾向に変化は見られない。

 技術力の高いチームの攻めとはそういうものだと日本サッカー界全体が勘違いしているようだ。相手のレベルが低い間は、それでもなんとかなる。失点の可能性は、今のところ高くない。だが、相手のレベルが高まるにつれて、それは致命的なプレイになっていく。1−4で大敗した2014年ブラジルW杯コロンビア戦はその典型。悪い奪われ方をしては、反動を利用され、相手の速い攻撃を許した。逆モーションを突かれ、失点の山を築いた。

 その反省は、ハリルジャパンに少しも活かされていない。

 それは日本サッカーがジーコジャパン時代まで、4−2−2−2や3−4−1−2を採用していたことと大きく関係している。それらがもたらした産物が「中央せり出し型」だ。ピッチの真ん中をせり上がるようにパスを繋いでいくこのスタイルは、岡田ジャパン時代まで続いた。布陣が4−2−3−1に変わっても、ボールを持ち出すルートは、以前のままだった。真ん中が行き止まりの状態になった段階で、ようやくサイドを使うといったスタイルが定番だった。

 ようやくここに来て、早い段階からサイドを使うようになっているが、ペナルティエリアが見えてくると中に入りたがる癖は相変わらず。抜け切れないままだ。好ましくないプレイだとの認識もない様子だ。

 真ん中を固めておいて、そこで奪ったら一気に前に出る。格上でなく同等クラスにこの作戦をとられても、日本はピンチの山を築くだろう。

 なぜ真ん中ありきなのか。ピッチをもっと広く使えないのか。逆サイドへの展開が少ないのか。相手のセンターバックを開かせておいて、真ん中を突くことができないのか。

 カンボジア戦の後半のある時、本田とポジションチェンジして右ウイングの位置に入っていた原口は、ボールを受けるや自慢のドリブルを魅せようとした。だが進路は斜め左前方。バイタルエリアに向け一気に進もうとした。ボールを受けた時に抱かせた期待感は、前進するにつれ、みるみる減退していった。