「Thinkstock」より

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 環太平洋経済連携協定(TPP)の大筋合意により、成長産業としての期待も高まる日本の農業。アグリビジネスを目指す若者も増えつつあるといわれているが、中国でも似たような現象が起きている。

 上海市浦東新区の金融街から少し離れたところにある商業施設の前では、週末になると青空市が開かれる。販売されているのは有機栽培された野菜やコメで、上海市内から車で1時間ほどの距離にある崇明島で採れたものだ。生産者たち自らが販売するが、そのほとんどは若者だ。インターネットによる通信販売も行っており、リピート客も多いという。

 上海市郊外にある奉腎区の辺りでは、春先になるとイチゴ狩りがレジャーとして楽しまれるが、「上海末農草莓採摘園」は大学を卒業したばかりの男女2人が立ち上げた農園だ。やはり有機栽培が売りで、口コミサイトを通じてその存在が広まり、若者やファミリーから支持を得ている。

 ところ変わって広東省広州市では、異色の女性が話題となっている。中国メディアの「青年参考」の10月14日付記事などが伝えたところによると、1984年に四川省成都に生まれ、95年にカナダに移住した譚静遠さんは、トロント大学で分子生物学を専攻。卒業後は、オンタリオ州衛生部での研究の道に進んだ才媛だ。両親は娘が将来、医者か大学教授になると信じて疑わなかったという。

 そんなエリートに転機が訪れたのは21歳の時だった。ボランティア活動で江西省の農村を訪ね、教育支援に携わったことで、農村での事業に関心を持つようになる。その後、本帰国すると13年、広州で契約農家が有機栽培でつくったコメをECサイトで販売する「天地人禾」の創業者・劉尚文氏と出会い同社に入社。15年にはCEO(最高経営責任者)に就任した。

●有機栽培の人気高まる

 起業意欲の旺盛な中国人だが、若手起業家たちが参入するのは、これまでサービス業がほとんどであった。それがなぜ今、若者たちを農業へ向わせているのか。中国の若者動向に詳しい日本人研究者は、こう分析する。

「昨年の『上海福喜食品』による使用期限切れ肉事件など、中国ではここ数年、食の安全に関する不祥事が絶えず、食への不信感が強まっています。若い世代ほど問題意識に敏感なので、そこにビジネスチャンスを見いだし、安全の代名詞ともいえる有機農業にこだわっているのでしょう。都市部で暮らす年配世代にとって農業は文化大革命のころの『下放』のイメージが強く、起業の対象とはなりにくい分野でしたが、当時を知らない世代にとっては、ある意味新しいビジネスなのです」

 有機栽培とうたうだけで、スーパーマーケットなどでは普通の野菜の3倍以上の価格で販売されている。しかも、それをネットで直売できれば、高い利益率を期待できる。しかし有機農業には危うさも潜んでいる。日本で有機肥料の偽装が大きな問題となっているように、中国でも有機栽培の信憑性には疑念があると、中国の農業事業に詳しい日系食品商社の幹部は指摘する。

「有機栽培のためには土壌の改良に3年が必要で、一朝一夕にはできません。それに広大な中国では、自分の畑だけ土壌を改良しても、隣の畑から汚染物質が流れてくる可能性もあります。いまやたくさんのスーパーが有機野菜を扱っていますが、それらのすべてが有機栽培の条件を満たしているのかは疑問です」

 熱意だけ先行して実態が伴わないような状況ではないことを切に願う。
(取材・文=中山介石)