開幕から無傷の12連勝と快進撃を見せている、昨季NBA王者のゴールデンステート・ウォリアーズ。多くのライバルチームがウォリアーズに対抗するために補強狙いで戦力を入れ替え、今はまだ試運転状態でプレーしているのに対し、彼らはまるで昨季のNBAファイナルの続編をしているかのようだ。優勝の疲れも、モチベーションの低下も感じさせず、他のチームよりひとつ上のレベルで戦っている。

 もっともウォリアーズも、昨季からまったく変化がないわけではない。選手ロスターは出番の減っていたデビッド・リー(ボストン・セルティックス/PF)が抜けたぐらいで、主力の入れ替えはほとんどなかったものの、コーチ陣は昨季のトップふたりが不在なのだ。

 オフシーズン期間中に2度の腰の手術を受けたスティーブ・カー・ヘッドコーチは、術後の体調不良で開幕前から療養中。昨季ならば、カーの休養中はアソシエイトヘッドコーチのアルヴィン・ジェントリーが指揮をとるところだ。だが今オフ、ジェントリーはニューオーリンズ・ペリカンズのヘッドコーチに就任し、チームを離れてしまった。そのため現在、暫定のヘッドコーチとしてチームを率いているのは弱冠35歳、NBAコーチになってわずか2年目のアシスタントコーチ、ルーク・ウォルトンだ。

 開幕前にウォリアーズのベテラン・アシスタントコーチ、ロン・アダムスにウォルトンについて聞いたところ、「やることが多くて、手一杯という感じだね」とのコメントだった。しかし、実際にシーズンが始まってみると、なかなかどうして、落ち着いた采配ぶりを見せている。ほとんどの試合が大差での勝利ということを差し引いて考えても、初めての経験とは思えないほど順風なヘッドコーチ・デビューだ。

 ウォルトンというと、ひとつ思い出すことがある。13年前、ショーン・エリオット(サンアントニオ・スパーズ専属解説者)が、「今の大学バスケでベストプレーヤーはルーク・ウォルトンだ」と断言していたことがあったのだ。それは、ウォルトンがエリオットの母校でもあるアリゾナ大4年のときのこと。

 実際には大学バスケ界で、ウォルトンをそこまで高く評価する声はほとんどなかった。いい選手ではあったものの、運動能力は並で、全米トップレベルの選手として評価されたのは、大学3年のときにいくつかあるオールアメリカン・チームのひとつ、スポーティング・ニュースのオールアメリカン・チームでセカンドチームに選ばれたときくらい。そのため、前出の発言は単なるエリオットの母校贔屓(びいき)なのだろうと聞き流していた。

 しかし、NBAに入ったウォルトンがロサンゼルス・レイカーズでプレーするようになり、試合を見る機会が増えてわかったのは、エリオットの評価がまったくの的外れというわけではなかった、ということだ。たしかに、ウォルトンはトッププレーヤーではないものの、他の選手にはない才能を持っていた。それをひとつの言葉で言い表すことは難しい。バスケIQであり、チームの隙間を埋める能力であり、チームを落ち着かせるバランス感覚であり......。数字では測りきれないような能力を、ウォルトンは人一倍、備えていた。

 アリゾナ大でウォルトンの後輩だったアンドレ・イグダーラ(ウォリアーズ/SG)も、大学時代はウォルトンに憧れ、彼のようになりたいと思っていたという。今年の夏、イグダーラにインタビューしたときにそのことを聞くと、彼は冗談まじりで、「ルークのようになりたいとは思ったことないなぁ。だって、彼はノロイし、ジャンプできないしね」と笑った。その後、真面目な表情に切り替えたイグダーラはこう続けた。

「ルークはとても素晴らしいチームメイトで、大学時代、僕に多くのことを教えてくれた。彼自身が気づいていないぐらい大きな影響を、僕に与えたんだ。バスケットボールを単に身体だけでなく、頭を使ってプレーすることを教えてくれた。彼のおかげで、僕の現役年数は伸びたと思っている」

 ウォルトン自身、ことによると持病の腰痛がなければ、35歳の今もまだ現役を続けることができていたかもしれない。ただ一方で、腰痛があったからこそ、「引退後にコーチの道に進みたい」と考えるキッカケにもなった。

 レイカーズがNBA2連覇を達成した、2009−10シーズンのこと。ウォルトンは坐骨神経痛に悩まされ、試合を欠場していた。いつ治るかの目処もつかず、「引退も間近ではないか」と言われていたほどだった。そんなとき、故障で落ち込んだ彼を元気づけ、チームのなかで疎外感を感じないようにと、フィル・ジャクソンがコーチのミーティングに招待してくれたのだった。

 試合中もベンチで、ウォルトンはスタッツをつける役割を与えられた。その過程でウォルトンは初めて、コーチたちがどれだけ時間をかけて試合の準備をしているかを知り、その面白さに引き込まれていった。このころからウォルトンは、引退後にコーチングの道を進むことを真剣に考え始めたという。

 次にコーチングのチャンスを与えたのは、アリゾナ大時代のチームメイト、ジョン・パストナーだった。2011年、NBAが約5ヶ月のロックアウトに入ったとき、パストナーは自身がヘッドコーチを務めるメンフィス大のアシスタントコーチをやってみないか、と持ちかけたのだ。この経験でウォルトンは、コーチングこそ自分のやりたいことだと確信し、やるならNBAに限るという思いを強くしたという。

 選手時代がそうであったように、コーチとしてのウォルトンも、その才覚は見えにくい。派手なアクションをするわけでもなく、暫定ヘッドコーチの立場だけに、自分のカラーを強く出しているわけでもない。今のウォリアーズでは、その風の日にヨットを走らせているだけのようにも見える。しかし、ウォルトンの落ち着いた性格や、バスケットボールに対する知識、流れを読む能力などが「怒涛の開幕12連勝」に貢献していることは間違いない。

 同じコーチとしてパストナーは、今、ウォルトンがやっていることはそばから見える以上に難しいことだと言う。

「リーダーが倒れたとき、その後を継いだ人間が彼に代わる正しいリーダーシップの資質を持っていないと、意外と簡単に混乱状態になるものだ。外から見ると簡単に見えるかもしれないけれど、この業界の人間なら、とても難しいことだとわかる」

 今シーズン、ウォルトンがいつまで暫定ヘッドコーチを続けるのかはわからない。スティーブ・カーはシーズン中に復帰すると断言しているが、それが来週なのか、それとも数ヶ月後なのか、現段階では不明だ。それまでの間にウォリアーズに荒波が押し寄せ、ウォルトンの経験の浅さが露呈することもあるのかもしれない。

 それでも、ひとつたしかなことは今回、暫定ヘッドコーチとしてウォリアーズを率いたことで、ウォルトンがどこかで自分のチームを率いる日が近づいた、ということだ。

「いつかは自分のチームでやってみたい、という思いはある」とウォルトンは言う。「でも、急いではいない。それよりも、今、こうやって学ぶ機会が与えられたことをとても感謝しているし、スティーブ(・カー)が戻ってくることも待ちきれない」

宮地陽子●取材・文 text by Miyaji Yoko