◆特集 スポーツの秋、食の秋(7)

食欲の秋にスポルティーバがお送りする「スポーツと食」の特集。多くのトップアスリートを長年「食」の面から支えてきたスポーツ栄養士の石川三知(いしかわ・みち)さんのインタビュー。後編では、石川さんが5シーズンにわたってサポートしたフュギュアスケーター・高橋大輔選手とのエピソードや、その経験が今、他のアスリートの指導にどのように活かされているのかを語ってもらった。

■最初は「1カ月だけ」のはずだった......

 私が高橋大輔選手のサポートを始めたのは2009年。でも、実を言うと、最初は1カ月だけ......のはずだったんです。それまで、食事に関して比較的無頓着だった高橋選手に「目と舌と感覚で食べるモノの大切さを覚えて欲しい」ということで食事指導を始めたのですが、それが思いのほかよかったらしく、そのまま、気が付いたら5シーズン!(笑) あっと言う間に経ってしまいました。

 高橋選手は「食事に無頓着だった」と言いましたが、実際に食事指導を始めて感じたのは、彼の「感性」の鋭さです。こちらが食に関して何かすると、きちんとその意図を直感的に理解してくれるから、やればやるだけ手応えがある。

 たとえば、「これは朝ご飯に食べてほしいな」とか「これは練習後、寝る前に食べてほしいな」と思いながら作ったものを、何も説明しなくても、その通りに食べている......そういう「感性」があるんですね。

 ちなみに、ひと言で「食事指導」と言っても、合宿や練習などに帯同して実際に食事を作る仕事から、食生活の大まかな方向性をアドバイスする仕事まで、いろいろな形があるのですが、高橋選手の場合はその5シーズン、日々の食事のほとんどをサポートするという、私にとっても前例のない取り組みだったので、そこからは多くの経験と学びがありました。

 日々の試合や練習に密着したサポートになりますから、競技やトレーニングの違いではなく「いつ、どんな状況で食べるものか」といったことにも気を使いました。たとえば、フィギュアスケートの場合、オリンピックメダリストの高橋選手でもスケートリンク確保は簡単ではないので、どうしても夜、遅い時間の練習が多くなりがちです。

 当然、練習の後にはお腹が空きますが、翌日の体調維持のためには睡眠も大切なので、早めに寝なくてはいけない。ところが、ただでさえ練習直後はアドレナリンが出ていて眠りづらいし、しかも、寝る前ですからあまりたくさんの量は食べられない......。これは、大学の授業が終わって遅い時間帯に練習する学生の競泳選手などにも共通する悩みです。

 そんな時、少量でいろいろな栄養素が摂れて、エネルギーもあって、ちょっと楽しい感じのモノ......と、いう事で、高橋選手が気に入って食べてくれたのが豚肉のスープとウーロン茶で炊いた「中華風の五目おこわ」。もち米に肉や大豆、ナッツ類、人参なんかも入れて炊いたおこわは、見た目にも楽しくて、遅い時間にちょっと食べて気分も落ち着きます。

 あと、高橋選手はクリームシチューやハンバーグが大好物なんですが、人間は「栄養」だけで生きているわけじゃないので、やっぱり「好きなモノを食べる」っていう気持ちの部分も大切なんです。そこで、クリームシチューだったら野菜は油で炒めず、市販のルーの代わりに牛乳と裏ごしした野菜などでとろみを出すように工夫しました。

 ハンバーグはオーブンで焼く「ミートローフ」にして余分な油脂を落とし、なおかつ、肉と豆腐を半分ずつにして、カロリーを抑えながら、「好きなモノを美味しく食べる」という満足感を維持できるようにする。高橋選手、私がタネ明かしをするまで、お肉にお豆腐が半分混ざっていることに全然気づかなかったのですが、こうした経験が今、陸上の短距離選手や、競泳の選手の食事指導にも大きく役立っています。

■「食べるコト」の幅広い意味を意識する大切さ

 フィギュアスケートや陸上競技、競泳などの個人競技から、バレーボール、サッカー、ラグビーのような団体の球技、その他にもボートや新体操など、これまでさまざまなジャンルのスポーツで「食」に関するサポートを行なってきましたが、そこで重視するのは、競技の種類や違いよりも「トレーニングの種類や目的」です。

 取り組んでいるトレーニングが筋量を増やすためのウエイトならタンパク質を、エンデュランス系の持久力アップなら炭水化物を、反応速度や神経伝達系を鍛えたいなら、カルシウムやマグネシウムなどのミネラルを......といったように、トレーニングの内容と、目的を理解して、それぞれに対応した「食」のサポートをする。

 ただ、ここで大事なのは「食」への意識というのは、決して「栄養」だけの話ではないということを意識することだと思っています。「食べ物」のできることはそれだけじゃない。一流のアスリートというのは「感覚」や「感性」に優れた人たちが多いので、日々の食事は、彼らの「感覚機能」も刺激します。

 試合に向けてアドレナリンが出るような明るい気分を演出したり、練習の疲れやプレッシャーを背負った選手の気持ちをリラックスさせる力だって「食べ物」にはある。ですから、栄養だけではなく、日々の食事のバリエーションや色、味覚、食感、香りなど、状況に応じてアスリートの五感を刺激してあげることも、また、食の持つ可能性だと考えています。

 最近は陸上のサニブラウン・アブデル・ハキーム選手など、ハーフの選手の指導をする機会も増えたのですが、彼のように日本生まれ、日本育ちの選手でも、単に家庭の食習慣の違いだけでなく、それぞれの選手の個性や体質に合った食事指導のやり方があることを学んでいます。

 食というのは、活動のためのエネルギー源でもあり、カラダを作る材料でもあると同時に、選手の「日常」そのものの演出でもある。そう考えると、まだまだ「食」にできることはたくさんあると思っています。

【プロフィール】
石川三知(いしかわみち)Office LAC-U 代表。
〜指導歴〜
団体・チーム:全日本男子バレーボールチーム、新体操日本代表フェアリージャパン、陸上男子短距離日本代表チーム、トライアスロンナショナルチーム、デンソーボート部(女子)、専修大学アメリカンフットボール部、中央大学水泳部、東海大学陸上部短距離ブロック
個人:高橋大輔選手、荒川静香選手(ともにフィギュアスケート)、岡崎朋美選手(スピードスケート)、萩原智子選手(競泳)、末続慎吾選手(陸上)ほか
現在は、競泳(渡部香生子選手・瀬戸大也選手)、陸上(都留文科大学・日本陸連ダイヤモンドアスリート)、ラグビー(東海大仰星高校)など多くのトップアスリートの栄養指導を担当している。

川喜田研●構成 text by Kawakita Ken