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業務マニュアルは分かりづらいもので、引き継ぎマニュアルの作成は手間がかかるものだと、働く人の多くは半ば諦めの気持ちを抱いているかもしれない。組織を運営し、事業を遂行するのに欠かせないものだし、だからこそ、マニュアルがなくなる日は来ないだろう。

既存のマニュアルに問題意識を持って、立ち上がった人物がいる。マニュアル作成・共有ツール「Teachme Biz」を開発・提供するスタディスト代表取締役の鈴木悟史氏だ。同氏は「物事の手順や方法を伝えるのがマニュアルの目的なのに、そもそも作るだけで疲れてしまう。スマホで簡単に作成できるようにしたかった」と振り返る。

2008年ころ、初めてiPhoneを手にした鈴木氏は「これ1台でマニュアルが作れるのでは?」と気づいた。デジカメで撮影した写真を、PC内のファイルに移し、圧縮してパワーポイントに貼る ―― あたりまえになっていた面倒なマニュアル作成方法を変えられる、と希望を持った。

前職ではITシステムをクライアントに納品する際、操作・運用・保守マニュアルの同封が必須とされていた。しかし、パワーポイントやエクセル、ワードでフォーマットを決めて作っても、作り手によってレイアウトが変わってしまうし、マクロを組むのにも労力がかかるなど、マニュアル作成のプロセスには課題が多くあった。

「ユーザーにとっても、膨大な紙のマニュアルから目的とするページを探すのは大変ですよね。データ化して納品したとしても、今度は閲覧権限制限やパスワード管理などが必要になり、検索してもファイル名しかヒットせず、見たいマニュアルが探せないこともある。つまり、せっかく投資をしてマニュアルを作っても、多くの人がどこに読みたい内容があるのかわからず、結果的にほとんど参照されなくなってしまうわけです。そんなムダをなくしたかったんです」(鈴木氏)

シンプルで使いやすく、月額5000円〜と安価に導入できることから、金融やIT、小売、飲食、旅行、人材、士業など、今やあらゆる業種から支持されるTeachme Biz。起業から5年。ここに到達するまで、どのような道のりを歩んできたのか、鈴木氏に話を伺った。

○業務改善に数億円払える企業は少数派

鈴木氏 :起業前は新卒入社した業務改善コンサルティング会社で、10年ほど勤めました。主なクライアントは自動車メーカーや部品メーカーで、彼らがクオリティの高い製品を短い開発期間で、安く提供するためのお手伝いをしていました。

フィーは1社につき数億〜数十億円レベル。しかし、あまりにも高額であるがゆえに、リーマン・ショックの影響をもろに受けました。クライアントとしては、莫大な費用がかかるものですから、コストカットをするのは当然ですよね。

僕個人はというと、ジレンマを感じていました。業務改善は、企業が利益を上げるためのサポートをする素晴らしい仕事です。必ず誰かの役に立つ。それなのに高額すぎるせいで、景気変動に左右されてしまうのは残念だなと……。

でも、いかなる経済状況であろうと、業務効率を良くして利益率を上げたい、と考えるのはどんな経営者でも同じです。そこで、自動車メーカーや部品メーカー以外にも、業務改善のニーズはあるだろうと考えました。

同時に、これまで自分が提供してきた業務の単価を安くできないだろうか、単価を下げてさまざまな業種をカバーすれば、デファクトになれるだろうとも思いました。業務改善をするために数億〜数十億円払える会社なんて、東証一部上場企業クラスでないと無理ですからね。と、あれこれ考えているうちに、当時の会社の経営状況が悪化したこともあり、起業を決意しました。2010年のことです。

○昼間は受託で稼ぎ、夜・休日は開発に没頭

――― 現在は8名の会社ですが、立ち上げ時は何人でしたか?

僕一人です。ビジネスセンターの一畳半・窓ナシの個室で何度「早くここから出たい」と思ったことか(笑)。当時は前職で得たスキルを生かし、業務改善コンサル業務を受託していました。慣れた仕事で稼いだ資金を開発費に充てる方法を採用したわけです。

半年ほど経ってから、少しずつメンバーを増やしていきました。会社に勤めていたころ、人材を大量に採用し、固定費が大幅に上がる様子を見ていたこともあり、仲間を入れる時期は慎重に考えました。

弊社初期メンバーの特徴は、全員がコンサルスキルを持っていることです。昼間は皆でコンサルの受託業務を行って資金を貯めて、サービス開発は平日夜と週末にやっていました。長い人だとそんな「二毛作」を4年ほど続け、最近ようやくサービス開発だけに集中できる状態になりました。

また、当時はソースコードに関する知識がない、まったくゼロからのスタートでしたので、まずは皆でデスクを並べて、技術書のソースコードをひたすら真似して書いていましたね。面白いことに、子どもが自転車に乗る練習をするみたいに、お手本を真似すると少しずつできるようになるのです。

はじめのうちはチンプンカンプンですが、続けているとサービスが動くようになる ―― これが嬉しくてたまらなかったです。「〜すればこう動くのか!」と、だんだん知識が蓄積されると、ソースコードの仕組みも理解できるようになりました。

○C向けサービスの使いやすさをB向けに取り入れる勝ちパターン

――― Teachme Bizが登場するまでの経緯を教えていただけますか?

はい。コンサルの受託業務を終えた平日夜や週末に、まずは一般ユーザー向け「Teachme」の機能を実装することから始めました。サービス開発に関する知識がまったくない状態だったので、知識を得て技術をマスターして、Teachmeを作り出すまでに約1年かかりましたね。

ようやくTeachmeのベースができつつあったとき、Teachmeの機能の一部でもあった「画像にマークを付ける機能を切り出したら、アプリとして提供できるのでは?」と社内で話が出て、最初に開発したのが「Markee」というアプリです。

Markeeは想定以上にダウンロード数を伸ばし、PRや広報の効果的なやり方やユーザーとのコミュニケーションの仕方を学ぶ貴重な機会になりました。コンシューマー向けアプリを作ったのは大正解でしたね。というのも、もともと前職で作っていたITシステムは企業向けで、ユーザーインタフェースは二の次で、いかに多彩な機能を付けられるかといった基準で開発されていました。

機能ばかりが重視されるので、使い勝手の良さはあまり考慮されませんし、そこにコストもかけられていません。ですが、Markeeのようなコンシューマー向けのサービスは、使い勝手こそ命なんです。

Markeeでユーザーに受け入れられた使いやすさを、僕たちが提供したい企業向け領域に持っていけば勝負できるなと確信しました。実際、このときの経験はTeachmeの事業で大きく活きたと思います。

そうしてTeachmeにセキュリティやユーザーアカウント管理など、主要な機能を盛り込み、2013年9月に満を持してリリースしたのが企業向け製品となる「Teachme Biz」です。起業時から長くかかりましたが、やっと自分たちが実現したいことのスタート地点に立った瞬間でした。

○大手有名企業の導入が大きなターニング・ポイントに

――― サービス開始後、反響はいかがでしたか?

リリースから1年経った2014年8月時点で、有償プランの導入社数は50社ほどしかありませんでした。発表当日にWebメディアで記事化していただいたものの、紹介で獲得したクライアントが大半でした。そんな状況でしたから、僕自身が「ビジネスになるのだろうか」と半信半疑だったのです。

それでも「Teachme Bizは良いサービスだ」と言ってくれる会社が50社ある。彼らが投げかけてくれる意見をキャッチアップしていけば絶対伸びる。それに50社が必要としてくれるなら100社、いやそれ以上の会社が必要としてくれる日もくるだろう。そう考えを切り替え、モチベーションを保っていました。

そんなとき、Teachme Bizに関する記事を読んで、問い合わせをくださったのが損保ジャパン(現 損保ジャパン日本興亜)さまでした。ちょうど損保ジャパンと日本興亜が合併した時期で、事務スタッフの使うシステムが統合されるため、社内は大量のマニュアルを作成することが急務になっていたそうです。

初回の打ち合わせに出向き、損保ジャパンさまの入る高層ビルを見上げたときは、ぼんやりと「さすがに受注は無理だろうな」と感じました。相手は超大手企業で、こちらは社員8人で、サービス導入実績も50件しかない中小企業です。

しかし、先方もお困りだったようで、迅速に社内調整をしてくださり、見事導入が実現しました。これが本当に大きな転機になりましたね。損保ジャパン日本興亜さまが使っているから、セキュリティ面でも安心だし、信頼できるサービスだろうと世間での認知度が一気に高まったのだと思います。2015年11月時点では600社に有償導入されるようになりました。

○1ミリでもいい、前職の経験を活かせる事業を

――― 2014年8月には日本ベンチャーキャピタルから資金調達を行っていますが、これまで資金繰りに苦労したことはありましたか?

創業3カ月目くらいに初めて、資金調達を行わざるを得ない状況になりました。資金が減っていくのが目に見えてわかったんです。そんな中、経営者仲間から、金利補助を受けられかなりの金額を調達できる「創業融資制度」があると聞き、なんとか救われたと思いました。当時は1,200万円を調達しました。

まだサービスもできていないのに、なぜ1,000万円以上も調達できたのかというと、前職で積んだ経験を示せたからだと思います。ポートフォリオは、「そのスキルを生かして事業できる能力がある」と認めてもらえるので、持参することをおすすめします。逆に、それがなかったら、当時の僕も信用してもらえなかったでしょうね。

――― 最後に、起業家を目指す人に向けて、アドバイスをお願いします

もし、起業家を目指す動機が「経営者になりたい」「社長になりたい」だったら、やめた方が良いと思います。世の中に対し、自分の経験をどう活かせるか考えた上で事業を作っていかなければ上手くいかないだろうし、モチベーションが続かないと思います。

事業アイデアは「誰もが絶対にやりたがらないことだけれど、世の中からなくせないことは何だろう?」という視点で考えてみてください。それを圧倒的に安価で、かつ最高の機能をつけて提供すれば、市場を独占できると思います。

自分が感じる課題をもとにやりたい事業を考えたら、周りの友人5人に聞いてみてください。4人が「それ、わかる。イラッとするよね……課題解決できたら助かる!」と共感してくれれば、必ずビジネスチャンスはありますから。

(池田園子)